早朝スーパーマーケットのアルバイトから帰ってきて、マスクを取ると、まだ一枚、あごにマスクが残っていた。
昨日、出かけて帰ってきた時にマスクを下して、そのまま生活して、その存在を忘れて、新たにマスクを付けてバイトに行ったらしい。
この間、お嫁さんも、バイト仲間も俺に何も言わなかった。
早朝スーパーマーケットのアルバイトと、深夜カラオケバイトの両方で同時に、バイト仲間が辞めた。
どちらも5年以上は一緒に働いていた。
二人供、芸事に手を出していた。
一人は、俺なんかよりも、ずっと破天荒な無頼派風だったのが、「いつまでもこんなことしていてもね」的なことを言った。
一人は、その芸事で実入りが合ったのに、実家の事情で地元に戻るとのこと。
先週末、お嫁さんの友人の畑へ、収穫の手伝いに行った。
お嫁さんの友人は、子供の教育に小さな畑を借りていたのだった。
お嫁さんと友人母子と、俺で、白菜、キャベツ、ネギ、ブロッコリーを刈り取った。
お子さんは大はしゃぎ。
お嫁さんに「サザエさん!」と言って抱き付く。
お嫁さんはサザエさんらしい。
そして俺にも、「サザエさん!」と言って寄ってきたのだった。
誰でもサザエさんらしい。
俺は「違いますマスオです」と声マネ(旧マスオ)して返すと、お子さんはギャハハハハと笑う。
安い。
15時からの作業開始で、じきに日が傾いてくる。
「代わりにバイトに行ってよー」と俺はお子さんに頼んでみた。
土日は22時からカラオケバイトだ。
「掃除が中心の3歳児にでもできる仕事だよ」
言ってみて、自分で少しへこんだ。
とはいえ実際の所は違って、フロント業務は天才にしかできない高難易度の業務だし、掃除だって手抜くところは手抜いてやらないと終わらないので、その塩梅も簡単じゃない。
カラオケバイトの前は今でも少し、緊張する。
家に帰ると、ついついビールで健闘を称えてしまう。
スーパーマーケットのバイトの後に、特にビールの必要はない。
畑のからの去り際、お子さんがうちのお嫁さんに抱き付いて離れない。
お嫁さんは最後に、お子さんを大きく抱っこして引きはがし、自転車に乗ると、お子さんは顔をクシャクシャにして泣いた。
胸が痛くなった。
その痛みとは、お子さんの愛らしさに、1票。
あともうひとつ、子のいない我が夫婦と、孫のいない私たちの親御さんの人生に1票。
自転車で並走しながら「なつかれているねー」と俺がお嫁さんに言うと、
お嫁さんは、「あんなん、すぐ泣き止むよ。俺知ってんだ」と言う。
自身が子供の時分、おばあちゃんとのプラットホームの別れ際で、ギャン泣きしたそうだ。
それで新幹線に乗って、席に座るやいなや、
「さ、チョコ食べよ」
ケロッと笑って、チョコの封を切ったとのこと。
お嫁さん自身に、その記憶はないが、お母さんから何回も何回もその話を聞かされたらしい。
「あんた、あの時…」とお母さん。
この話も愛らしくて、また二つの意味で胸が痛くなった。
俺の頭の中で、小さいお嫁さんの指先と、口の端が、チョコで汚れている。