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2016年05月28日

いまる

まったくのところ、俺は1を聞いて10を知ったようなことをよく言う。

パーフェクト超人、曲よし歌詞よし顔よしついでに立ち位置よし、現役最強のロックスターと俺が畏敬を込めて書く林檎ちゃんのことだって、実のところ俺はいくらも知っていない。

っていうか、曲聞いてない。

最初のアルバムの感動と、群青日和と、衰えぬ容姿と、時々伝え聞こえてくる活躍の印象でそう吹いているだけだった。

今年、3月、俺はミハエルとアイルトンとチュウカドンという芝居を作った。

そこで、音響効果で、ネタっぽく女性ボーカルを使おうと思い立ち、林檎ちゃんのギブスを使った。

独りよがりの役者の独白の後に林檎ちゃんの絶唱をつけて、劇的要素2倍、おバカ度も2倍の作戦。セリフをあげて示すと、「あたしの退屈を埋め尽くしてよ!隙間があるからそこに虚しさが入り込むのよ!」のセリフの後に、♪あいうおーなーびーうぃずゆーううー、と入るというもの。

なかなかうまくいきました。いろいろ二倍にできました。

それを接点として、YOUTUBEの動画で東京事変以降の楽曲に触れるようになったわけで。

いや、そうだったんだ。

林檎ちゃんはいくつもいくつも、最初のアルバムの曲みたいな、つい聞きいっちゃうような曲を作り続けてはったんだ。

名盤が一枚。あとはその8掛け7掛けの試行錯誤。

多くのロックスターに対する俺の印象はそう。

でも、林檎ちゃんは違ってたのか?

はたまた体質が変わって、今の俺の体質が、林檎ちゃんの楽曲とたまたまよく震えるようになったのか?

よーわからんが、林檎ちゃんすげーわ。というのが今日の結論でお願いします。

「ありあまる富」とか、あんな素直なメロディの上に、あんな気の利いたレトリックが乗っかってまあ。

曰く、

♪価値は生命に従って付いているー

意味的には、明石家さんまが娘につけた名前のところとおんなじ。

生きてるだけでまるもうけ

俺が、さんまの記者会見を見て、娘に「生きてるだけでまるもうけ」を縮めて「いまる」と付けました、を聞いたとき、俺はヤッチャッタヨーと思った。とてもやぼったいかんじ。俺はいまるとは名づけられたくない。いまる側としては余計なお世話であろうが。

一方、林檎ちゃんのは、その素直なメロディの上に乗って、とても感傷的でキレイな形をしている。


何を言うかではない。

どういうふうに、言うかなんだなーと思いを新たにした。

1を知って10を知るを言うついでに、これはニーチェにいうところの「すべての哲学は道徳の起源を持っている」というのと同じ。

ニーチェもさすがにいいことを言う。

ちなみに、もちろん、俺はニーチェなど読んだことなく、読んだのは竹田せいじ著「ニーチェ入門」のみ。








posted by ボス村松 at 19:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 文化祭 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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