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2017年10月29日

文学的なボス村松

先日、モーニングに掲載された短編「スーパーロンリー相田くん」に感銘をうけて、及ばないと言った。

割にカジュアルに俺はそういうことを言う。

林檎ちゃんの楽曲を聞いて及ばないと言ったり、ミセスフィクションズの「ヤンキーゴーホーム」を見て及ばないと言ったり、バブルの芝居を受けて及ばないけど俺の方が響きは深いとか言ったり。

昔から期待に弱いタイプで、それよりは安く見られたい。安く見られた方が楽、そんな性分が俺にはある。

「案外やるじゃん」狙いというか。

ものごころつくころ、勉強は割によくできて、運動はそんなでもないけど水泳はできたし、絵も書けた。面白いことも言えた。自分を大きく見せる必要がなかった。

「口ほどにもない」と言われたくないという臆病もあるか。

   **

しかし、今度、日本のラジオの屋代くんと芝居をやるので、そうも言ってられないと考え直した。

お客さんが入らなかったら、赤字分は俺と屋代くんの折半だ。

俺もお金はないが、屋代くんもなさそうだ。

仙人みたいな風貌をしている。

「俺は面白い」

「面白くないという奴は、そいつの勉強不足だ」

「勉強十分で来てください」

「俺は日本一、感傷的な脚本を書く男だ」

「日本一、文学的だ」

「俺が見回したところで見える小劇場界隈の中では」

屋代くんは俺の脚本の文学的なところを買っているという。

俺も自分の脚本は文学的だよなあと思う。

文学的ってなんだろ。


1 言い回しに、ちゃんとこだわりがある

2 行間から意味透けてそれが形而上まで響く

3 開拓者の気概がある

4 内省的である。もしくは、逆ギレ的に内省的でない。


俺に該当するのはこのあたりかな。

しばらくは、文学を吹いて活動します。

よろしくおねがいします。

ただ、「文学的である」が、そんなに人を引き付けるキャッチになるかは疑問が残るが。

posted by ボス村松 at 08:17| Comment(0) | 劇団やってます | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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