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2020年02月23日

シンクロ少女「ベター・コール・ショウジョ」観劇

おもしろかった。確かな力だ。地力がすごい。これが三役の力か。組んだ瞬間に分かるという奴だ。

ラストシーンが、映画やドラマでいうと、エンドロール後の付け足しみたいな位置にあって、それがどんでん返しになっている。

それが、もう、鮮やかで、してやられてしまった。

父がいて、姉妹がいる。母は他界している。そんな家族の話。

姉は結婚していて尻に敷いている旦那さんがいる。

妹は駆け出しの女優で、魅力的な恋人がいて、視界良好。ただ母の死に彼女は関わっていて、彼女の悪戯にびっくりして、母は心臓発作で死んだ。

この母の非業の死は、主に妹の罪の意識、悲しみとして語られるが、その実、姉にとっても父にとっても「妹が母を殺した」世界線の上で生きていくことは、そんなに簡単なことではない。

この母の死に、どう触れるか、はたまた触れないでいるかによって生まれる立ち振る舞いが、テーマや笑いを生む。皆、一様にチャーミングでぎこちない。テーマは「信頼」とチラシには謳われている。

芝居に限らず、テーマがある創作には、そのテーマの解決に向かうことを物語の推進力にしている創作と、テーマの周りの悲喜こもごもだけを描いて作家の視線が裏に隠れる創作があるように思う。

この芝居は前者であるように思われ、それは、物語に強い骨格を与える一方で、オシャレ度を少し下げる。

この芝居は前者のタイプであるように思って、俺は観劇していた。

前者、後者に優劣はない。

ただ、ラストのドンデン返しで、俺はひっくり返った。

作家さんの技が、批評家気取りの俺の目線の一個上を行って、俺は投げ飛ばされた。

俺が脚本を書いたり、芝居を作ったりする人間でなかったなら、諸手をあげて拍手したことだろう。

俺は脚本を書いたり、芝居を作ったりする人間なので、チクショーやられたあ、と拍手と共に悔しい思いをした。

満員の客席に嫉妬していたのもあると思う。

でも、本当にこれぐらい面白い芝居を作っていただけると、小劇場はおもしろいということになって、大変よいことだと思う。

シンクロ少女さんには、ありがとうございました。








posted by ボス村松 at 08:07| Comment(0) | 観劇の感想文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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