観る将のお嫁さんではあるが、はじめての人向けの入門書、と、1手詰めハンドブックで勉強を続けている。
昨日は上野六段の入門書を読みながら寝落ちしたという話を聞いて、俺がちょいと教えてやろうということになった。
以前にも教えたことが実はあった。
しかし、あの時のやり方はいかにも不味かった。
12枚駒を落として、やっつけてやった。
何であんなことをしたのか。
俺には後悔があった。
今回はこちらから攻めずに、ひたすら自陣に隙を作って、お嫁さんには楽しく攻めてもらおうと考えた。
あえて、駒は落とさないでおこう。
駒を取る喜び、駒を打つ喜びを味わってもらおう。
お嫁さんは順調に俺の金銀を取って成り駒を作って、すぐに俺の王様は風前の灯になってしまうのだが、お嫁さんはここから長考に沈む。
お嫁さんは観る将。
王様を広い方に逃がす味の悪さを、必要以上に、将棋中継で刷り込まれているのだった。
しかし、将棋格言「玉は包むように寄せろ」は、今のお嫁さんの実力からは、数段上のテクニック。
現状はタダで取れるコマは喜んで取っていただいて、取った駒はベタベタ打っていただいて、攻める形を少しづつ体で覚えてくれれば良いと思うのだ。
俺は提案した。
考えすぎずに、早く指すことを心掛けてみようぜ?1手30秒な?
悪い手だったら、待ったで戻せばいいんだし、頭の中でアレコレ考えるよりも、盤面に出てくる形を見た方が、印象が強いから、覚えが早いと思うよ。
お嫁さん軍に追い込まれ、3手詰みも見えている俺の王様を、お嫁さんは詰ますことができない。
香車の利きが少々厄介と言えば、厄介。
しかし、それは、それでいいんだ。
君は1手詰めに苦労している段階なんだから。
よく見てごらん。タダで取れる駒もあるだろう。直接王様に向かわずに、そっちを取って行けば、俺の王様はじき、動くこともできなくなるはずさ。
俺が秒を読む。10秒、20秒。
お嫁さんが、半ば悲鳴を上げながら、俺の歩の前に桂馬を打って王手をかけた。
俺は、その桂馬を歩で食べた。
お嫁さんは、涙をぼろぼろ流して泣いた。
もう指さないと言った。
俺はまた、失敗した。
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