JUDY.jpg 劇団の動画など、ありますよ?
ボス村松ドラマスペシャル「じ・だん」パラパラアニメ
遍歴の騎士ヤマオカ卿の酒気帯びでやんすダイジェスト
けつあごのゴメスダイジェスト
P型柔道一門PV
ミハエルとアイルトンとチュウカドンPV


2008年03月31日

八割世界「素晴らしき哉人生」観劇

勘違いが勘違いを生んで、登場人物が右往左往し続けるコメディで、一幕二時間。

「そんなに、うーうー唸ってばっかりいると、牛になっちゃうわよ」
だから、もうちょっとポジティブになさい、という、
強い女子がへにゃい男子にかけた励ましが全ての発端。

「牛はうーうー言わない。モーモーだ」とへにゃい男子。
「私はうーうー言う牛をこの前、見た」
「このまえっていつ」
「昨日」
「どこで」
「と、となり?」
「マンションの?」
「そうよ。いたのよ、牛。もしいなかったら、結婚したっていいわ」→平手打ち

結婚したっていいわ→平手打ち、が女子のツンデレではなく、本当に結婚したくないという切り口が新しい。この悶着が、伝聞で人へ伝わるうちに、こうなる。

<途中経過。開演後1時間ぐらい>
結婚=強い女子とマンションのおとなりさんが、結婚する
牛になっちゃうよ=へにゃい男子は、一見人間であるが、実は牛だったのだ。

あと、賞に投稿した小説(?とおぼしきもの。明言されていない)の、作者になりすまし盗作騒動も巻き起こる。

主に口論が、芝居における会話の多くのパーセンテージを占めるが、口論の案件はおバカで、作演出の鈴木雄太くんのパーソナリティーもあって、ギスギスとならず、全編に牧歌的な印象がある。

この芝居、徹頭徹尾、勘違いの混乱のまま、終演に向かう。ただ、その中で、なりすまし盗作の犯人である大人ぶり屋(ビールは苦いのにうまそうな振りして飲んでる。彼女いないのにいる、って言ってる等々)の内緒の部分が、勘違いが解ける際に、明らかになってしまう。

うわー、と叫んで走り去る彼。

痛いな、あいつ。どうしよう、あいつ。

まあ、いいじゃん。話聞かなかったことで。ねえ。素晴らしき哉人生、ということで幕。

勘違いの誘発を狙った、つまりは作家の意図が見える、もってまわった台詞を、「お、キタキタキタキタ!」と楽しめるかどうかが、この芝居を楽しめるかどうかの分かれ目と見た。勘違い発生の前段階のこの部分でクスクス笑っているお客さんもいた。私は楽しめなかったクチ。おバカならもっと粗野に荒々しく、ウェルメイドならもっと精緻精巧に、アタシを抱いてほしいわ。役者は皆、戯画化された人物に真摯に向き合って、キャラを演じて安定していた。安定しているというのは、功罪半ばのところがあって、ハラハラしない。不安定のほうが、存在として迫力がある。ハラハラする。これは芝居を長い事やってきた私が、芝居を斜めに見てしまい、逆に訳がわからなくなっているという可能性もある。星みっつ。


私も七月に芝居やります。劇団鋼鉄村松公演、私の作演出主演
「ロック一番星」
http://www008.upp.so-net.ne.jp/koutetsu/
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2008年03月21日

こまつ座「人間合格」観劇

 こまつ座は、井上ひさしの脚本を上演する劇団だ。
 井上ひさしは、遅筆で有名というか、遅筆と言えば井上ひさしと言っていいくらいの印象。初日3日前に脚本がようやく上がるという話を聞いたが、これは都市伝説だろうか?
 おそろしい。
 この人間合格は、10云年前の脚本の再演だそうで、遅筆の心配をすることはない。
 よかったね。
 しかし、初演から脚本に改訂は加えられなかったようで(推測)、全6幕中(だったかしら)、最後の2幕の失速迷走ぶりは顕著だった。とってつけたようにまとめにかかる感じ。ああ、井上ひさしったら、書けなかったんだなあ、としみじみすることができる。
 このお芝居は太宰を含めた3人の友情を描いたものだが、3人がへたり込んで、肩を組んで、泣きながら想いを語る場面は圧巻。ダメな方に。

 役者さんはみなさん、わかりやすくわかりやすくの野暮っための演出の中、大変上手で、愉快なシーンはそこかしこにあって、多くの時間は楽しく見られた。3時間たっぷり堪能できた。いや、3時間は、さすがに長いよ。身振り手振りで、滑稽味を出し、間を埋める系の演技の最高峰。

 人間合格、ということで、太宰治の人間失格をもじったもタイトル。太宰治が主役と思いきや、太宰を含めた3人の人間の友情が主役は前述したとおり。女にだらしない太宰、病んでる太宰、自殺する太宰が太宰治のイメージだが、この芝居は一向に深刻になることはない。第一、妻も恋人も出てこない。女優陣は3人の友情の脇を通り過ぎる、女中や看護婦を演じるのみ。

 学生失格、息子失格、津軽人失格と責められて、ああ、と頭を抱える太宰がかわいらしい。男闘呼組の岡本健一が太宰なのだ。顔がちっちゃくて、線が細い。その太宰がウチの劇団員のサラリーマン村松に感じがとても似ていた。太宰治って、そういう人なんだという風に見える好演。主役としての存在感はなかったが、もともとそういう作りの芝居だし。次の再演にはウチのサラリーマン村松をぜひ。

 ドタバタの愉快な舞台が作れていただけに、変にシンミリまとめようとせずに最後まで、みんな楽しくやってました、でダメでしょうか。最後は、太宰が玉川上水で自殺しなければならんのは大きな足かせだけれども。
 それにしたって、友情三人組が、一人過労死一人発狂により、ショックを受け太宰も自殺→全滅、というラストは強引すぎてふに落ちない。星みっつ半


私の劇団劇団鋼鉄村松のHP
http://www008.upp.so-net.ne.jp/koutetsu/
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2008年02月22日

「ジャックとその主人」観劇

うわー、吉祥寺シアター綺麗!新しい!内田有紀超端役!脚本つまんねー!演技全員下手くそ(に見えてしまう稽古不足なのか演出なのか)。演出主演の串田和美がなってねー。面白いものなんてそうそう作れるものではないはずなのに、自分のことを、触るもの全てを黄金に変えるどっかの神話の王様のようにでも思っているのか?彼の周囲に漂う、あの、こんなもんでいいんだろ感は。面白い芝居が見たい。

   ***

お話

ジャックとその主人がどこかに向かっている。
「そもそも、どこへ向かっているのか分かっている人間などいない」
「知ってるのは天のお方でさ」
と天を仰ぎ見て、作家と役者の関係を示唆する主従。

「問題は、その作家が天才かヘボかというところだ」
作家はどうやらヘボらしく、舞台上ではどうしようもない恋物語(役者の口から頻出。ことあるごとに「この恋物語は」「この恋物語は」言う)がくりひろげられる。

主人と敵役との決闘のゴタゴタで離れ離れになった主従。
「ああ、ジャック」
ジャックの不在を嘆く主人。そこにヒョッコリと現れるジャック。
「ジャック!」「ご主人様!」
抱き合う二人。さあ、旅を再開しよう。どっちへ?前へ。前ってどっちよ?前っていうのはですねご主人様、体の向いてる方向でございますよ。前に向かって歩き始める主従。退場。遠くなる馬の音。カーテンコール。

   ***

どうしようもない恋物語がホントにどうしようもない。脚本が。そのどうしよもなさに見てる私もリアルウンザリ。
「存在の耐えられない軽さ」のミラン・クンデラ唯一の戯曲!というふれこみだけれど、うまく書けなかったなかったから、一本しか書かなかったんだな。
内田有紀の台詞が十個ぐらい。内田有紀に決まった役なし。出番ちょっとの若い娘役を、何人分か演じるだけ。びっくり。でもキャストの名前の並びは二番目。びっくり。顔ちいせー。面白い芝居が見たい。星二つ
posted by ボス村松 at 10:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇の感想文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月10日

ストレイドッグ「路地裏の優しい猫たち」観劇

お話

メキシコオリンピック銅メダリストの森岡栄治をモチーフにしたお芝居。

メダルゲット → プロ転向 → 網膜はく離 → 失意の引退 → うまくいかない生活 → でも上を向いて歩こう → ありがとう路地裏の優しい猫たち

   ***

知り合いが出るので、というモチベーションで芝居を見に行くのに、前売り5800円は過去最高額。

しかし、ミヤジマオ、黒川メイ、佐伯日菜子、長澤ナオ、キャラメルボックスの人、ヨシモトの人、森田ガンツ等名前の通った人が出演ということで納得。

映画「仔猫の涙」の舞台版が、この「路地裏の優しい猫たち」。その指揮をとる映画でいうところの監督、芝居で言うところの演出は同一人物。ストレイドッグの主宰。

映画では、広末涼子、武田真治と、名前はもっとすごくなる。

賞もとった映画らしい。

映画のチラシを読んだところ、大阪で、昭和で、愛すべきろくでなしの父と、後妻になつかない女の子と、後妻の広末涼子、というふうに理解している。

タイトル、「仔猫の涙」は、そんなろくでなしの父が、飼ってた仔猫が死んで泣いた、というエピソードからきているらしい。

さて、舞台版の本作は、大筋は同じながら、そこに舞台ならではケレンミを出そうとしてか、「仔猫」が「路地裏の優しい猫たち」というふうに増殖して、歌い踊り、猫自身の恋とか生活とか夢とかをサブストーリー的に語りだす趣向。その演出には正直、賛否が分かれるだろう。

ただ、猫耳装着のカワイコちゃんたち(ミヤジマオとか黒川メイとかのマジアイドル)に、やっつけ感のある踊りで、ニャンと言わせるのは、演出家の本懐であることは理解した。

男性陣は皆達者で、あー、これが舞台で食ってる人かと思った。ヨシモトの人が際立って見えた。

ヨシモトの人が際立って見えたのは、ストーリーはストーリー、ギャグはギャグ、としてお客さんに提示するこの劇団のカラーにフィットしていたせいもあるだろうが、しっかりモノにしている技、というものを感じたためだ。

リッパな人たちにはもっともっと、面白い芝居を作ってもらって、芝居っておもしろいというムーブメントを作ってもらいたいものだ。ほし二つ半
posted by ボス村松 at 09:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇の感想文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月04日

NHK劇場中継「ナツひとり」観劇

お話

ブラジルに移民する一家の中、一人健康診断に引っ掛かって、日本に残ることになった女の子、ナツの70云歳までを描く、女の一代記

寡黙な牛飼いのおじさんにひきとられた少女時代。

企業家として成功しつつも、愛はすれちがいの、女盛り時代

「ブラジルに移った家族へ手紙を書くが、返事は一通も返ってこない私は捨てられたんだわ」というのが、このお話を回す最大のダイナモ。

「実は返事は返ってきてたのよ。捨てられてなかった私」のオチと、回想の最晩年、

60年の時間を経て、ブラジルで健在な姉に会いに行く、ナツ、で幕

   ***

主演 仲間由紀江

私の知るテレビドラマの仲間さんは、サラッとさんで、

自分の演技にまきこむ感じではなく、立ち姿の感じのよさ、


脚本の臭みを消つつ、脚本のいいところに、ちょっと加点という特性を持っているように思っていました。(俺の芝居向き)

さて、舞台ということで、どうなるのだろう。

そんな感じでした。(テレビで見た舞台の演技ですが)

好きなタイプの芝居ではないのに、3時間、それなりに見てしまいました。ほしみっつ半
ラベル:仲間由紀江
posted by ボス村松 at 01:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇の感想文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月20日

ブラジル「センチメンタル草津」観劇

お話

映画のロケ地に選ばれた草津のハズレ?隣?の村が舞台

スポンサー撤退で、撮影は中止。さあ、村の人たちに謝りに行こう!

しかし村の男衆は歓待モード。

裸の男の上に野菜が盛られて、男盛り。村の名物なんですよこれ。ええー?!これ食うんすかー?で、食う。つけダレを付けてください。つけダレは裸の男の口の中にたたえられている。口の中で野菜をちゃぷちゃぷさせてから食うのだ。食ってから吐く。

え?江藤君!?

男盛りの裸の男は、監督助手の子の元カレでした。

監督と監督助手は婚約中。

村人1はホモで監督がすき。

旅館の女将は男盛りの男の飼い主といったてい。

あと監督にツツモタセ的なテクダを使って女優になろうとする兄妹とかいろいろいて、

いろいろあって、監督助手の子は男盛りの野菜を全部食べることにより、男盛りの皿を演じる元カレに愛を伝えようとする。

結局フラれる。

監督と助手の子は草津にいってシッポリ仲直りする


***


話の筋はあんまり重要ではなくナンセンスな会話の応酬と、男盛りが代表する野蛮な大ネタが客席に届くかどうかが勝負の分かれ目。


お台場ショーゲキ城というイベントの中の公演で、参加10団体は共通の素舞台で勝負というフォーマットである。

そのせいか、舞台が遠く感じられ、芝居に巻き込まれどこかに連れてかれる感はなかったのだが、要所要所で大いに笑う。

監督が助手の子をお姫様抱っこして、にげるぞ、と言って、女の子が180センチオーバーなのでヨタヨタするネタがかわいくて素直でお気に入り。

最後に一度抱きしめさせてくれというホモの村人に、俺も昔彼氏彼女にはなれなかった女友達にオンナジ事いったなあ、と抱きしめてあげると、ホモ村人に押し倒される。やっぱこうなるんだよな!俺を抱きしめさせなかった彼女の気持ち今わかったよ!と服を脱がせられながら激白。笑う。少し染みる。

男盛りの野菜は、ポテチと饅頭とブラックブラックガムを一緒にミキサーかけて助手の子が飲みました。星よっつ半
posted by ボス村松 at 15:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇の感想文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月04日

新・転位21「僕と僕」観劇

酒鬼薔薇事件芝居。
実際あった事件を芝居に仕立てるのが、この新・転位21の十八番。
以前、私の芝居3本のヒロインちゃんを演じてくれたヒザイミズキが主演するというので見に行った。
というわけで、ヒザイがサカキバラくんを演じたのだった。

お話

舞台上が暗いのでハッキリしないが廃墟と思しき場所から、朗読する声がある。その声をおばあちゃんと呼ぶ声がもう一つ。サカキバラくんとその祖母なのだった。祖母の言う「人間は起きているようでいて、その実ふっと意識が飛んで夢を見ていることがある」とか「自分を見てる自分が凄い高いとこるにいる。それは幽体離脱言うねん」とかの言葉に、サカキバラ君はそれわかると同意する。亀に餌をやっている。
暗がりから二人が去り
今度は別の、男の声と女の声がする。会話の内容からすると、サカキバラ君のパパとママのようだ。久しぶりね、こんなに荒れてしまって、等の言葉から、事件後のパパとママが、かつての家を訪ねてみたというシチュエーションと知れる。ママがサカキバラ君の飼っていた亀を見つける。パパは、亀は死んだという。家を出るときに連れて出たのだった。でも、とママは言う。ママが亀のいる水槽から腕を抜くと、その手には人間の生首が。

ぎゃー

バモイドオキ神など、私たちのよく知るキーワードをヨリシロに、作演の山崎哲は事件の時系列を、事件関係者の内面を、自由に操り、酒鬼薔薇事件を一本の詩的幻想的な芝居に仕立げようと企む。

歴史にあらざる、未だ生の事件を手前勝手に加工するを、勇気と捉えるか厚顔と捉えるか。

一本見終えて、私の中では「んなこと言って、でも、おまえ、サカキバラくんちゃうやん」と「なかなかない芝居だね」の感想が並立した。

キャストの半数以上が声が枯れ枯れ。
基本早口まくし立て文章会話なので、総台詞量の半分は何言ってるかわからない。数小節の雰囲気もののメロディーが芝居の背景にエンドレスでリフレインしていて、途中それに耳がうにょうにょなってグワーって叫びたくなった。会話が途切れて意味深な間ができた時、エンドレスリフレインメロディーの音量がいちいち上がる演出は緊張感増大を狙ってのことだろう。ド直球。バンザイ。

「人間の命なんてゴキブリとアリの命とおんなじや」という、サカキバラ君を抱きしめようとして、抱きしめられなかったママ。
・・・あの子の体じゅうにカッターナイフが突き刺さっているような気がして・・
サカキバラ君は以前工作で作った粘土細工の体中全面にカミソリの刃を仕込んだことがあったのだった。
「一生懸命育てたのになんでこんなことになったんだろう」という、ママの台詞は、染みた。

染みた次の瞬間に、あーあ、もう、勝手にこんな染みる話にしちゃって、と思ったり。

とにかくサカキバラくんは亀になりたかったらしいです。亀は輪廻する命です。十四年前にサカキバラ君は生まれた時から死に始めて、死んでるか生きてるか、そのせめぎあいが拮抗してギリギリになった時、起きた事件なのでした。どこまでが劇作家の創作でどこまでが資料に基づいたものなのか、興味深いところだ。

ヒザイは名の知れた劇団の主役の座に食われることなく、自らの基礎点の高さを堂々と披露していた。

劇場に入った時から出る時までずっとコロッケの匂いがした。ほしみっつ
posted by ボス村松 at 22:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇の感想文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月27日

Youth Music Company「HAIR」観劇

私の芝居で二本続けてヒロインちゃんを演じてくれた、ノドカサンのミュージカルを見て来た。

お話

1968年アメリカのどこか。ラブ&ピースのヒッピーたち。ベトナム行きたくないよーと歌い踊る。主人公ヒッピーは俺はマンチェスターから来たとふかすポーランド系移民。残念ながら召集がかかる。人殺しとか、星条旗とか、徴兵拒否とか、パパとかママとか。いろいろあるけど、最終的には、仲間のヒッピーに見送られて戦場へGO!

休憩

戦場にて。戦場のヒッピーは役にたたない。自分を見失っちゃったよ、と仲間に手紙を出す。手紙を受け取った仲間は反戦だーと歌い踊りドラッグ&フリーセックス。結局、主人公ヒッピーはベトコンに撃たれて死んで、天使ちゃん=透明人間になる。
彼の戦死の報せを聞いた仲間のヒッピーたちは大いに悲しむ。透明人間になった主人公と一緒に歌い踊る。星条旗を振る。

歌って踊って台詞喋ってミュージカルはやることいっぱい。

ビバ、ヒッピーの話なのかヒッピーをやゆした話なのかつかめず。なぜ2007年に生きる日本人が日本語で1968年のアメリカの社会問題をテーマに選ぶのか?テーマなんかいいんだ。歌がカッコイイからこのミュージカルをやることにしました。ということだろうが、気になってしまった。

ノドカサンはあんまりでかい役ではなかった。

生バンドを従えての歌いっぱなし踊りっぱなし。すごいことをやろうとしたんだろうけど、消化しきれなかった印象。星一つはん
posted by ボス村松 at 10:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇の感想文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月11日

ナンブケイサツ「猿飛びジャック」観劇

・・・お話

スパイのジャックが、追い詰められ、撃たれる、そのショックでタイムスリップ。

そのタイムスリップした先が、平安期の日本。

ジャックは、平安期の大霊能力者、役行者・小角の下で忍者修行。

ジャックは、役行者にお姫様の警護を命ぜられる。

しかし、そのお姫様はもの凄い力を持っていて、NGワードを聞くと、力が発動。「殺してやる、殺してやる」とか言いだして、時々、返り血で血まみれになる。

実はそのお姫さま、犬神の何たらかんたらで、陰謀とかあって、とにかく、単純なカワイコちゃんではなく、複雑な存在なのだ。

イッちゃうと、カワイコちゃんは自分が自分でなくなる。

カワイコちゃんは、自分は誰?と悩む。

ジャックはそんな彼女を助けたいと思う。

特訓によって、ジャックは腕を上げていく。

しかし、なんという運命のいたずら、ジャックに稽古をつけてくれていた、役行者の高弟・タピオカは行方知れずになっていた、ジャックの実の兄だったのだ!

お姫様にピンチが迫る。

役行者と兄・タピオカは、その時、敵に回った!

兄との、壮絶なガンアクション!

ジャック、兄からの初勝利!

おまえに負ける日が来るとはな、行けよ、お姫様が待ってるぜ、と兄。

ジャックはタピオカ・役行者を倒すも、ラスボスのミチコ様(犬神の何だか)に追いつめられる。

しかし、その時、ミチコ様に恋慕していた、藤原不比等(1発で変換できた!)が乱入!

藤原不比等がジャックに向けて撃った銃弾がミチコ様に当たったんだかで、

ミチコ様は、ぎゃーと言って倒れる。

ジャックはお姫様を救ったのだ。

しかし、ミチコ様と役行者がお姫様に行おうとしていた良からぬ秘術は、お姫様のアイデンティティを冒する行為ではあったが、そうしなければ、お姫様はどうにかなってしまう、といった類のものだったので、お姫様は、ジャックの腕の中で息も絶え絶え、しかし、「ありがとうジャック」と感謝の言葉を言う。ジャックは彼女に「僕が君を助ける」と確約するが、ジャックはタイムスリッパー。元の時代にも、助けなければならないマチルダ(タピオカの娘・お姫様似)がいるのだ。ジャックはまずは、マチルダを助けに元の時代に、再び、タイムスリップ。

ラストシーンは、頭のおかしくなったお姫様が、庭の一角にジャックの気配を感じて

「ジャック?」

と呟いて、幕。

   ***

えー、正直、めちゃくちゃな芝居です。

相当な時間、舞台上をまともにみれませんでした。

しかし、その振り切れ方が、尋常じゃないので、時々、奇跡のように、舞台上に、何だか、変な色の花が咲いたのも俺は見ました。変な色の花は大好物で、そこは嫉妬します。星、みっつ

posted by ボス村松 at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇の感想文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月06日

プリティガール観劇、その2

プリティガール観劇、その1はこちら 

   ***

prettygirl.jpg

そもそも王子様役、コウジさん(写真左)の人物造形がおかしい。

「不器用で」「優柔不断の」「優しい」、男という設定であったのだが、

この三つの要素で唯一のポジティブな性質をもつ、「優しい」エピソードが一つも出てこないのである。

不器用っぷりと、優柔不断っぷりは、これでもかこれでもかと、アピールされるのだが。

芝居の冒頭は、前説も兼ねたコウジさんのマジックショー。(コウジさんは売れないマジシャン)

まず、このマジックショーで失敗。

ここで初めて緞帳が上がって、そこには、オープンカフェ風のイタ飯屋のセット。

このイタ飯屋でマジックの失敗を悔やんで飲んだくれる、コウジさん。

敏腕イベントプロデューサーでもある、最近疎遠な彼女に説教食らってシュンとなる。

甘えてみるが、仕事があるの、と彼女は立ち去る。

ここの二人の距離感が難しい。彼女はほとんど、コウジさんを嫌悪している風で、でもコウジさんは未練たらたら、が素直に見たところ。コウジさん一人がまだ付き合ってると思っているという印象を私たちに与えたいのだろうか。

後に、彼女が彼の家を訪れる場面があるのだが、その時彼女に、この部屋も2年ぶりかしら、とか言わせているのは、さすがに、おいおい、それは別れているだろう。

まあ、いろいろ辛い事が多いので、コウジさんがグデングデンに酔っ払ったところに、浅野温子登場。

キツイ彼女(元カノ?)に、やいのやいの言われた直後なので、浅野温子に女は素直なのが一番と、愚痴る。

浅野温子は、東京に馴染めない青森出身のドジっ子なのだが、素直には自信があるので、私にはこの人しかいない、となる。あと、彼女はファザコンの気があり、その父の持論も、女は素直なのが一番。

一夜明けて、コウジさんの自宅。

自分の布団に、見知らぬ女。浅野温子。

出てけ!おまえなんか知らんと、相当な剣幕のコウジさん。

気持はわかる。

何せこの浅野温子ときたら、林家パー子的色彩・柄の衣装を、レゲエおじさん@上野公園ばりに重ね着している、素っ頓狂な女なのだ。トドメとばかりに重苦しい茶髪のオサゲのヅラをかぶっている。そこに、あぶない刑事の時のコミカル演技を舞台用に大袈裟に仕立てたためその分モッタリしてしまった演技が加わる。

今思えば、それらは、「東京を勘違いし東京に馴染めない女」という記号だったのかもしれないが、最初は(というか、芝居のほぼ全編を通して)あの都会的いい女の雰囲気を持つ、僕らの浅野温子さんが何でこんなことに?という戸惑いのみを私に与えた。

出て行けと、キレるコウジさんに、「青森に帰るつもりでアパートも引き払った時にあなたは現われた。東京で私は何もなかった。私は東京の思い出がほしい。私には帰る場所がない。だから、すこしだけあなたの部屋に置いて、東京の人」と泣きつく。

それに対し、コウジさんは、俺もう家を出る時間だから行くけどおまえすぐ出て行けよ、とキレっぱなしで、部屋を出る。

ここか!

ここでツンデレ感を出た上で、俺もう家を出る時間だから行くけどすぐ出て行けよ、とい言えば、1ポイント獲得だったのかもしれぬ。

もう、赤井秀和!

「あいつが家に居ついて帰られへんねん」と事務所のソファのベッドで夜を明かす赤井秀和。

「おまえは師匠のお気に入りやさかいな」と後輩に嫉妬する赤井秀和。

料理を作って待っている浅野温子に、「俺は家で飯は食わへんねん」と意味不明のこだわりをみせて、また、好感度を下げる赤井秀和。しかし、「僕は自分の部屋で食事を取らないことにしているんだ」と東京弁で言えば、あるいは都会的こだわりに昇華していたかもしれず、残念です。

青森から浅野温子の幼馴染が様子を見にやってきたぞ。

「俺はどうあっても、あんな変な女を好きになれん」と幼馴染に愚痴る赤井秀和。気持はわかる。そこまでの浅野温子の風体・演技とも怪人という作り。しかし、「つきおうたいうて、友達に見せるの恥ずかしいし」はNGワード。王子様役の言うセリフではないです。

幼馴染は「東京の浅野温子は浅野温子じゃねえ。青森のりんごの木の下の浅野温子はめんこいんだべ」と語る。実はこれが、作品を通すテーマ。

赤井秀和は、師匠から預かった、大事な、極秘の、マジックのネタが入ったフロッピーディスクを電車に置き忘れてきてしまう。不器用だから。この辺は実に他人事とは思えません。

しかしマジシャンで不器用というのは、今更ながら、致命傷すぎなのでは?

イタ飯屋で、もうあかん破門やあ、と頭を抱える赤井秀和の下に、山のようなチラシを抱えて現れる浅野温子。これを駅で配るのよ! アホか山手線はぐるっと一回りしとるんや。どの駅でチラシを配ればええんや! そんなの全部の駅で配ってみるわ私! そんな恥ずかしこと止めや! ああ、コウジさん!

で、浅野温子の持ってきた「拾った人いませんか」チラシの山はコウジさんの振り払った手により、イタ飯屋の床にばらまかれます。菊次郎とさき、の菊次郎みたいと言えば、優柔不断で不器用で優しい男という範疇に入るのかもしれませんが、これでは浅野温子がかわいいそうです。

もう、しまいや、と自分んちでも頭を抱える赤井秀和に、きっと誰かが拾って届けてくれるわと浅野温子。

こんな男のどこがいいんだ?

でも、こんな女にも惚れられたくない!

そこに彼女(元カノ?)が登場。

バカじゃないの?何で私がアンタを慰めなきゃいけないの?と罵倒。とにかくキツイ女です。

なんやおまえ、と赤井秀和。

ごめんなさい、私が呼んだの、と浅野温子。コウジさんと彼女、二人は本当に好き合ってるのに、と発言。

物語の構成上、そうでなくては成り立たないシーンが多少あったので、そういう設定なんだろうなとは思うのだが、心が納得できない。

何せこの女キツイ。

グズ・マヌケは挨拶程度。「5,6回寝たぐらいで何か友達以上の関係があったように思うのはやめてよね」は決定的と思えて、その実、二人の付き合いは7,8年という設定なので、7,8年で5,6回は、彼女の主張が正しいようにも思われる。あと、「今、結婚を考えている男がいるの」とも宣言している。

二人は本当は好き合っているのだろうか?

唯一、

「あなた私に一度も好きって言ったことがないじゃない!」
「俺が好きって言ったら、おまえ、俺たち二人のことを考えてくれるか?」
「・・・・・・」

というシーンがありました。まあ、このシーンがあった以上、彼女は赤井秀和に気持ちがある設定なんだろうが。

とにかく、罵倒し倒して部屋を去ろうとする彼女に赤井秀和はついに言い放つ。

「おまえは冷たい女や。でも俺はそんなおまえが好きや。

おまえは俺が単なる友達や、言う。

それは、それでもう、ええ。

でもな、

俺は、

一生いっしょにいるんやったら、

友達のピンチに慰めひとつかけられん女なんかより、

この林家パー子を酷くしたような服を着て

気持ち悪い演技をする

この浅野温子を

選ぼう思う。

こいつは、俺のピンチに山手線の駅全部にチラシ配って、

拾い主をさがそうとしたんやで? 

おまえにこんなことができるか?

おまえは俺とどっかの男を天秤にかけて、楽しんでるみたいやけど(俺にはコウジさん、歯牙にもかけられてないように見えたのですが)、

こいつは俺のことをずっと心配してくれてたんや(ずっと?・・・設定としては1月弱の居候生活のはずだが)。

キモイ女やけど、一生いっしょに暮らすなら俺は、冷たいイイ女風のおまえなんかより、

素直でやさしい、

こんな女を俺は選びたい」

ここにきて、突然の説教モード!

何で? 何で、あんたは、そんなに強気でいられるの?

対して、その言葉を投げられた彼女の心中は如何に?

フザケンナだよな?

と彼女を見てみると、

言葉こそ発しないが、拳を握りしめ体を斜に構えて唇を噛むその演技は、痛いところを突かれた時の演技!

やっぱり、あんた、赤井秀和サンのことが好きだったんだ!

ドーン!

だっふんだー!

走り去る彼女。

「追いかけなきゃ!」と浅野温子

「ええんや」

「出ていくのは私の方」と突然むずがる浅野温子。

「1か月も頑張って、俺の部屋に居座ったんや。もうちょっと頑張って、一生居座れや!」

ホロリ・・・(´;ω;`)

んで、暗転。

これまでは、暗転中、大音量で音楽流して、次の舞台装置を用意されるのを待つ、場面転換だったのだが、

大音量の音楽が消えないままに照明が明るくなる。

すると緞帳が下りていて、その前にブラインドが下がっている。舞台ヅラからバトンまで7,8メートルはあろうかという大ブラインド。特注であろう。

ブラインドには絵が描かれている。表を向いた四枚のトランプの上に重ねられた、1枚の伏せられたトランプ。赤井秀和さんはマジシャン設定だからね。何かを象徴しているのでしょう。

流れ続ける音楽、緞帳、ブラインド。ブラインドに描かれたトランプ。

何も起こらない。

now loading...みたいな時間が延々続く。

流れ続ける音楽、緞帳、ブラインド。ブラインドに描かれたトランプ。

「これ、事故だよな」

と、同行の山岸に声をかけると、山岸の唇も、歪む。

「やべ、俺のお腹が痛くなってきた」と同じ作劇をするものとしてのシンパシーが頂点に達したとき、

ブラインドがカチャッと音を立て、180度回転して、新しい絵が私たちの前に現れる。

伏せられていたトランプは返されて、その柄は、ハートのクイーン!

ハートのクイーン!

すぐにブラインドは90度回転し、すると今度は、後ろの舞台セットの様子が明らかに。

1本のリンゴの木が立つ。

そこは青森!

緞帳は、ブラインドの後ろまでは覆ってなかったのだった。ミラクル!

リンゴの木の下には浅野温子が立っている。

東京時代の素っ頓狂な服を脱いでヅラを外して、ラフな格好で、リンゴの収穫をしている様子。トレードマークのつややかな、あの黒髪が美しい。

そうやら彼女は東京から帰ってきたみたいだ。

しかし、どうして?

赤井秀和は?

もちろん、その疑問はすぐに明らかになる。

赤井秀和が、こんどは東京から浅野温子を追ってやってきた!

「なんで今になって?コウジさんの意地悪。やっと思い出になったところだったのに」

「なんで、出ていったんや?」

「東京の私はヘマばかり。コウジさんの足を引っ張ってしまうわ。青森に帰ってきてわかった。私は青森の空気の中で、初めて私になれるの」

たしかに!

東京バージョンの素っ頓狂な衣装を脱いで、ジーンズと白いシャツという格好で、リンゴを収穫する浅野温子さんは、俺達のよく知る、美しい浅野温子さんだった。スラリとしてて、知的で、いい女風の、洗練された、都会的な、・・あれ? これ青森じゃないよ? これ東京キーワードだよ!?

しかし、東京の男である、関西弁の赤井秀和は、青森の浅野温子を見て感嘆するのだった。

「ああ、青森の君はめんこいよ。これなら君を好きになれる」

何様だよー!コウジさん!

そんな俺の心のフォルッテッシモと同期して、

舞台上ではお互いがお互いを思う気持ち、愛が、最高潮にまで達し、

足がツンってなってる抱擁をして、

幕。

失くしたフロッピーディスクがどうなったかは、語られず。

定価8500円のところを、私の彼女の所属するサークルの会員価格2000円で入場。

堪能しました!

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2007年11月04日

浅野温子主演「プリティガール」観劇

足が、ツンって! 足がツンってなってるぅぅぅぅ!!

   ***

ラスコーリニコフが大地に突っ伏して懺悔するに匹敵するぐらいの啓示を受けて、

シアターアプルから生還してきた、私です。いや、半分殺られてるかもしれない。

足がツンってなってたのは、浅野温子。

この芝居は、「不器用な男に一目惚れした女が押しかけ女房的に男の部屋に居ついちゃう」ラブコメディなので、

浅野温子には、その恋を成就させる相手役があって、つまり彼女が足をツンとさせる王子様役は赤井秀和。

それはもう、二人は、ラストシーン、めでたく結ばれることになる。

だってラブコメディだもの。

二人は、数々の行き違いを経て、いよいよ抱き合わなければならない。もう抱き合うしかない。

手を広げて待ち構える赤井秀和。

TVで見た感じ、そうじゃないかなあと思っていたのだけれど、実際、生で見ても、やっぱりもう、ただの中年太りのオッサン以外何者でもない赤井秀和。

浅野温子の方は幾つだよおまえと、信じられないぐらいルックス・スタイルが若々しいのは間違いないんです。そしてその自信をベースにした(?)、脱帽もののコミカル・ブリブリ路線で俺たちに愉快なキャラクターを猛アピールしていくんです。温子!成立していないよ温子! あぶない刑事verの演技というか。あの時と何が違っちゃっているのだろう?

いいよ! もうわかったよ!温子! 見るな見世物じゃねーんだよ!(見世物です)と俺の上着で彼女を覆って、シアターアプルに詰めかけた何百人の視線から彼女を守ってあげたくなる。(余計な御世話だ)

そんな彼女が、上述の中年太りのオッサンに飛びつくように抱きつくラストシーン。

「コウジさん!(赤井秀和の役名・職業売れないマジシャン)」

その時、

彼女の片足は地面に接地、

もう片足は膝関節の部分で60度の角度で折れ曲がり、

ツンって跳ね上がっている。

つま先は伸びている。

それは類型でいうと、少女マンガの一コマのような、

誰もの心の中にある、

あの、王道☆抱きつきポーズを形作ったのだった。

「久住くん、会いたかった!」(イメージ。テキトー)みたいな。

具体例でいうと、まいっちんぐマチコ先生のまいっちんぐという時の足の形。(古くてわからんか?)

そして、

そこで、

足がツンって跳ね上がった状態で、

ストップモーション。

時間が、止まった。

奇跡の存在が空間に固定される。

そして、

ゆっくりと、

緞帳が、

降りてきて、

頭、腕、腰、跳ね上がった方の足、接地している方の足、の順に、抱き合う二人の姿を隠していく。

幕。

鳴りやまぬ拍手。

なんじゃこりゃあああああああああああっっ!

本当に頭にガンって打撃音がしたような、衝撃を受ける。

これがLIVE!

これが生の破壊力!

芝居が最強なんだ。

芝居、サイキョー!!!!!

星、よっつ。
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2007年09月20日

あさかめ「スルー」観劇

あさかめ、は大学の後輩の劇団である。

これで3度目の観劇となる。

こぢんまりと良品を、という劇団カラー。

小屋を使わず、雰囲気のあるギャラリーを見つけてきて、そこを、まんま舞台にして、すると客席は多く作れないのだが、そこはロングランをすることで、総動員数をカバー。「ちょっとその週末は立て込んでて見に行けないやゴメン」という言い訳は、彼らに通用しないのである。策士なのである。


女4人、男1人の5人芝居。

二人暮らしと思われる姉妹がいて、姉は、近々結婚すると言い出した。

妹はそれが面白くない。

妹はコンビニでバイトしていて、そのバイト仲間の森くんは最近脳みそにやや変調をきたしている様子。

そのバイト二人のコンビニに、お通夜帰りの女の人モンちゃんがやってきて、

モンちゃんの後ろには、そのお通夜の主役、死んだハナちゃん(だっけか?)が、ついてくる。

これで5人。

この5人のたわいもない会話が軽快にクロスして、ときどき、人生訓。ときどき、ポエム。

最終的にはこの5人のうち、3人が死ぬことになり、3人が人殺しになる。

おいおい。

でも軽快。でもポエム。

この芝居のタイトルは「スルー」

重さを、「スルー」なのかなと思った。

   ***

ギャラリー公演は、客席と舞台が地つながりで、目と鼻の先に役者がいるので、リラックスには難しい状況。

リラックス度でいうと、

お茶の間テレビの前芝居小屋の客席>>ギャラリー公演

でして、値踏みするような視線で芝居を見てしまった。ふむ。演技が上手だ。ふむ。気の利いた言葉を選ぶ作家さんだ。とか。星みっつ。


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2007年08月27日

f*f*f「ミナモ」観劇

架空の南の島が舞台。栄光と挫折の”都会”と、留まり続ける善きなるもの”島”のお話。

水のないサンゴ礁の島に、木を植えて、土を敷いて、雨水を蓄える土壌を作り、こんこんと湧き出でる泉を作った偉大な先人たちを敬い、祭る島人たち。

そこへやってきたリゾート計画の調査員だったが、彼女は実はこの島の出身者だったのだ。

この島のカワリバエのなさを憎んで島を出た彼女だったが、しかし時間(10年)、空間(彼女は今は都会の人)、立場(調査員と島民)と、島との距離をとった今、改めて島を見てみると、その愛すべきところに気づく。

リゾート調査員に触れた島の人も、改めて触れたリアルな都会からの風に、対応を余儀なくされる。

あこがれたり、拒絶したり。

最終的には、リゾート開発は中止となり、都会にあこがれた島の若い衆はおおむね、島に残って、島を守ることに目覚めるのだが、一人、ポーっとしていた、いかにも島の人らしいヒロインちゃんは、都会に出ることを決めるのだった。

「私は、ただなんとなく、島が好きだと思うのだけれども、本当のところ島のどこがいいのかわからない。なんとなくじゃいけない。それじゃ島を守れない。みんなは、今、島を守って行こうと決意したみたいだけど、わたしは、今、そんな強い意志というものを持てていない。私は、みんながうらやましい。都会に行って外から見てみて、島の良さを分かって、できれば、帰って来たい」

   ***

おだやかな島民を表現するためだろうか、子供じみた身振り手振り、発声、牧歌的な冗談と、ニコニコした地顔が舞台を席捲する。

正直、キツかったが、素敵なセリフもあった。

フラレたくさい男子を慰めようとする友人を制して、そのフラレ男子は言い放つ。

「なぐさめるのは、やめろ。まだ傷ついていない」

Good Job! 星ひとつ


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2007年07月21日

ブラジル「天国」観劇

ライン作業の季節工がたむろする居酒屋が舞台。

そこの若女将マヤは美人さん。「おまえ、カズミだろ?整形したってわかるぜ。あの時はよくもやってくれたな」と迫るチビの工員。
「結婚してください。付き合ってもないけど」とヒゲの工員。
「この写真の女を知りませんか?カズミっていうんですが」と居酒屋を訪ねてきた謎の男。「また来ます。有効な情報には謝礼200万」

この美人若女将の謎を中心に、臓器移植が必要な彼女(風俗嬢)を持つ工員、元野球選手(小児猥褻で球界追放)、月15万の養育費を30年分背負っている工員、デブ、身長190ぐらいの美女(実は男)が、バカ騒ぎを繰り広げる。

・工場の周りに少女誘拐が頻発→いや、俺じゃないっすよ。(元野球選手)
・宝くじ当たっちゃった→この1000万であいつを殺してくれませんか?(養育費工員)
・あいつの腎臓どうかな。頼んでみます。あいつ、俺に借りがあるんですよ(デブの工員)→いや臓器って、そんな簡単なもんじゃないでしょ!(臓器が欲しい工員)
・美女とデブは仲良しに→これは現実?!→実は私、男なの→そんなの関係ないよ→やっぱりごめん→190センチから打ち下ろす張り手→ごめん→張り手→ごめん→張り手・・・エンドレス

その吹きだまりの居酒屋で起こるバカ騒ぎは、救いのないものだが、どの表情も随分と明るい。これは喜劇なのだった。

で、若女将はやっぱりカズミで、「あの時はよくもやってくれたな」チビの工員とカズミの過去であるが、カズミにそそのかされて、カズミの旦那を保険金殺人したのがチビの工員なのだった。カズミは保険金8000万を持ってチビの前から姿をくらませた。
カズミを追う謎の男は、殺された旦那の弟。
ラスト近辺、カズミから8000万を奪って、旦那の弟は居酒屋を出る。
あの男を追いかけて、と、若女将がチビの工員に。

「8000万はもういいじゃん。この金を持って(若女将がヒゲの工員に貢がせた500万と、宝くじ原資の殺しの前金500万と謝礼200万)、ここを出よう」とチビの工員。
「おまえがサイテーな女なことを全部知っていて、それでも好きだって言ってるのは俺だけなんだぜ?」

一瞬いい雰囲気が漂って、しかし、若女将はチビを熊の置物で殴り倒して、倒れたところを、でっかい将棋の駒の置物を打ちおろして打ちおろして、逃げた8000万を追って、居酒屋を出る。

倒れたチビの男の存在が雄弁な居酒屋。

どっこいチビの工員は生きていて血まみれで立ち上がる。「マジかよ〜」と失笑。

そこへ、忘れ物とばかりに若女将が戻ってきて、チビの工員は思わず、死んだふり。
若女将は忘れ物の1200万を抱えて(貢がせた500万+殺しの500万+謝礼200万)、8000万を追う。

「おまえ何、死んだふりしてるんだよ、追いかけろよ!」との声に、チビの工員、
「捕まえたからって、もう、どうにもなんねえよ。・・・・・俺、死んだふりしちゃったよ」←秀逸
で、幕。

   ***

劇団主宰のアン山田さんとは、マイミクで、私がそこで、「きょうブラジルの芝居を見てきました。ネタ重視の会話劇でした」と書いたところ、アン山田さんから、カキコがあって、腑に落ちない様子。

私はこれまで、場面転換、独白を排除した芝居を、ざっくりくくって会話劇としてきたが、これは成程、言葉足らずだった。ブラジル「天国」は、間、抑揚等、会話が一番重視されてはいるが、役者さんたちは汗まみれで動いていたわけで、ブラジル「天国」は、「毒系・会話重視・新喜劇」だったとする。星みっつ半。

   ***

客席は満員。反応はドッカンドッカン。

私は取り残された。

選択された言葉、選択された演技は申し分ないのだが、一様に上手すぎてペタンとした印象を持った。また、私もネタを考える作演さんであるゆえ、ネタに関しては身構える習性もある。そもそも、テレビの芸人さんたちの漫才・コントをほとんど笑わない。まだ一発ギャグの方が笑う。もちろん、うまく編集されたフリートークでは簡単に大笑いする。

倉本聰がいってたのだが、「演技の技術が、その役者の内面を上回ってはいけない」らしい。
なるほど、と感心した言葉だ。

この前の明石家3チャンネルのホリケン仕切りの太田プロ祭りは凄かった。ヤバかった。
あれは伝説だろう。エンターテイメントのギリギリ。極北。そのスリッピーさをギリギリセーフとは評せない。ギリギリアウトをちょっと越えてる。越えてるのかよ!完全アウトじゃん!それを楽しむんだから、日本のお笑い文化は成熟している。あのスリル!ホラー!やばいぜ!
あれに比べたら、全ての笑いは温いといえよう。いや、笑いは温くっていいんだよ。
そういえば、内面>技術、ではある。


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2007年07月20日

ブラジル・天国

ブラジルは私が、東京に出てきた折、初めてワークショップなるものに参加した劇団だ。

こてんぱんに、ノされた記憶が今も頭の中に残っています。鮮明です。

ああ!(思い出して頭を抱えた)

ヘボかったなあ、俺。

   ***

今回のブラジルさんの演目「天国」は中野ポケット初進出の意欲作。

主宰のブラジリィー・アン・山田さんは、私がワークショップに参加した時の飲みの席で

「ポケット辺りで、年数本芝居を打って、あと文章をどっかに書いて生計を立てることを、当面の目標としてやっている」

と言って、今回、実現の第一歩をふみだしちゃった訳だ。

アン山田さんは私生活でも、昨今二児のパパになられたばかりで、立派だ。うらやましい。500人全く集められず、プロポーズにも届かなかった私とは大違いだ。

いかん、いかん。卑屈になってはいけない。今年、年頭の目標は、「嫉妬しない」であったのだが、それを裏返せば、「卑屈にならない」ということなのである。

うわー、もうこんな時間だ。

洗濯物取り込んで、ねなきゃ。

明日に続く。
ラベル:ブラジル 天国
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2007年07月13日

ポツドール「人間失格」観劇

今日、ポツドールを見てきた。名前はもちろん知っていた。岸田戯曲賞受賞ね。見るのは初めてだった。ポツドールとの出会いから、書くことにします。

ずいぶん昔の話だ。「知り合いの劇団の芝居を見てきました」という今井が、難しい顔をしている。「行ってみたら、ガチのフェラチオを見せられました」

うひょー。マジかよ?!

これが、ポツドールの(たしか)旗揚げ公演で、私とポツドールの出会いだった。

エログロナンセンスなんて言葉が小劇場界隈をブイブイ言わせていた頃ではあったが、舞台でのガチ生フェラチオは予想外で、今井は自分の見てきたことを、消化しきれない様子だった。

しかし、まあ、ガチでフェラチオが舞台に上がる世の中になっちまったのなら(嫌な時代だよ!)仕方ない、ウチも1回ぐらいはチンコを鞘から抜いておくか。それ以降は、抜けるけど抜かないという方針で行こう、ということになった。

結局1回ならず、今回の当事者今井が3回、私も1回ほどチンコを鞘から抜いて、あまり客ウケはよくなかった。

あれから、7,8年(もっとか?)の時間が過ぎて、ポツドールは小劇場のトップランナーとなり、ウチは、いやウチのことは、いいじゃないですか。ここに生まれた二つの劇団の差は何だ?脱ぎが足りなかったのか?

いいえ、違いました。

今日、ポツドールを見てきたのですが、主演さんの演技、作演さんのセリフ扱い、ものすごく上手なのでした。ゲージツなのでした。

   ***

お話は、東中野の家賃5万円のアパートに25才のダメな男がいます。無職です。テレフォンセックス、ダイヤルQ2の架空請求、涙目。お母さんにお金を借りる。友人からの借金の催促。ウソをつく。美人局に遭う。お母さんにお金を借りる。元カノに「今日1日、大変だったんだよお、慰めてよお」と電話。友人が部屋に来る。ウソをつく。元カノにまた電話をかける。エンディング前にに、”こうであったかもしれない”レイプバージョンのバッドエンディングを見せておいて、本チャンのエンディング。「明日からちゃんと生きるよ」と元カノに電話口で誓った男は、まだ今日の眠りの中にいる。しかし、部屋にはすでに朝の日差しがあって、明日が息づいているのだった、風、でおしまい。

   ***

まあ、とにかく、主演の人と作演の人の作りだす、台詞のない沈黙の雄弁なこと。

いやー、役者の声が、あんなに小さくても聞くもんなんだな。

いやー、 あんだけ無音が続いても、芝居って成立するんだな。

芝居の前半戦は、主役のダメ男が、ひたすらケータイと話しているのみ。ケータイの相手は音声だけ、姿はなし。すげー。生身の役者さんが出てきて、主演さんと絡みだす後半よりも、この前半の方が、雰囲気あった。

主演さん、カワイイのね。終始、金がらみで責められるイタイ話なのだが、主演さんの周囲はそのカワイサでファンタジーになる。故に一人でケータイを相手にしている前半戦の方が、カワイイ志向の私の好みなのだった。さすがに生身の人間が出てくる後半戦、金、暴力、エロを主題にした話を展開しだすと、殺伐としてくるのだが、それでもカワイイ空気はまだ残っている。すごいなあ。勉強になるなあ。

   ***

あと、忘れてならないのが、コメディとして笑えたということ。機智に富んでいる。何回も声を上げて笑った。

おお、俺の笑い声、ホールに響き渡っとるなあ、と思うことも数度あった。

帰り道、隣に歩いている人がその友人と話しているのを聞いた。「すごい大笑いしてる人がいたねえ。ああやって笑うところだったのかな。俺笑っていいのかどうか難しいところがあって」

俺のことかなあ、と思った。いや、あそこは大笑いする場面だよ、と思った。

自分勝手なタイミングで笑うことが多い(と言われる)私だが、今回は作演さんのタクト通りに踊らされました。星いつつ。


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2007年07月12日

ポツドールを見に行くの

明日、ポツドールの人間失格という芝居を見に行こうと思う。初ポツドールである。

CORICHという演劇ポータルサイトで、その人間失格を見てきた人の感想が二つ付いてて、

5点満点中、5と4だった。高評価である。

ポツドールは、人間の汚い情けないところをぶちまけることで魅せる劇団と聞いていて、

その感想にも、そんな線のことが書かれていた。

「眉根を寄せて芝居を見ましたが」、みたいな。

眉根を寄せて見る芝居が5点というのが、通り一遍ではない。

正直、眉根をひそめて芝居を観たくない私なのだが、ポツドールが現在の小劇場シーンのトップランナーくさいので、やはり一回は見に行かなければならないのだ。

楽しみではあるが、ちと、気が重い。


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2007年07月05日

タテヨコ企画「ムラムラギッチョンッチョン」観劇

観たのはもう、半月ほど前なのですが。

タテヨコ企画、作・演出の横田修氏は、大学の1コ先輩で、また劇団の役者にも大学の後輩が何人かいて、

その私の出身大学はというと筑波大学でありまして、そこの演劇サークルからは、ご多聞に漏れず、

まっとうな就職をしないで、バイトしながら演劇を志す人間が何人も出ていているわけで、

そういう連中の中では私の知る限り、タテヨコ企画の人たちはもっとも躍進している人たちなのだった。

よって、私は基本、嫉妬の目をもって彼らを眺めているわけであるが、

今年の年頭の目標は「嫉妬しない」なので、本当に彼らには頑張って欲しいものである。

   ***

飲み会で意気投合した、横田修(よこたおさむ)と館智子(たてともこ)が、じゃあ劇団やろうかと始めたのが、最初と聞いたことがある。館と横田で、タテヨコ企画。この、「じゃあ劇団名は、タテヨコだね、ふふふ」的なノリ(私の想像)が概ねここで作られる芝居のテイストと一致するように思われる。

横田修先輩は、青年団と縁が深い人で、私も長く、彼の芝居を、平田オリザが旗手の「静かな芝居」であると分類していたのだが、もう、なんだか、別物であることに、やっと気づいた。

「静かな芝居」は、それ以前の芝居に顕著であった、芝居っ気(大仰さと言ってもいい)に対するアンチテーゼが存在の基盤にあると私には思われる。詩歌に対する散文みたいな感じ。平田オリザもその著作でそんなようなことを言ってた。「日本人はそんなしゃべんねーよな」「身振り手振りの過剰は冷めるね」「モノローグは下品。対話こそが芝居である」

という訳で、私の認識する静かな芝居というのは、

・基本、一幕一場
・短いセンテンスの会話を重んじる。
・同時多発的、重層的に言葉が語られる(台詞の読みの順番っぽさを消す)
・客席に視線を振る演技をしない。(芝居は舞台の中だけで完結する)
・お話よりも、場所が重要。(何を語るかではなく、その場所では、どんな会話がなされるだろう?という着眼点)
・お高くとまった感じ。

という、もの。

現在のタテヨコ企画は、フォーマットはそれに近いのだが、静かな芝居が持っていたイデオロギー性みたいものがストンと抜け落ちている。いろんな人がでてきて、おちゃめなドタバタを繰り広げて、最後、ちょっとシンミリしたオチをつけて楽しんでいただければ、みたいな。吉本新喜劇のテイストというか。

さて、今回のムラムラギッチョンチョン。

修行から逃げ出した坊主を、仲間の坊主が連れ帰しに、とある山里にやってきたぞYAYAYA、でスタート。

逃げた坊主が寝起きしている旅館は訳アリっぽい。

連れ戻しに来た方の坊主たちは、毒キノコ食わされたり、人のような狸のような謎の人物に絡まれたり、旅館側の家庭の事情や、村のゴタゴタに巻き込まれたり、実は、俺、昔子供の頃、この旅館に来たことある、俺を捨てた母さんと・・だったりして、

最後、

半狂乱の旅館の女主人(未亡人)は言った。
「なんであの人(旦那さん)は死ななければならなかったの?」
「つまり、運が悪かったんですよ」
「・・・・」

逃げた坊主が、「俺、あの人(旅館の女主人)を幸せにしたいんだよね」と連れ返しに来た坊主たちを説得することに成功。みんなで読経しておしまい。

旅館の女主人役の館さんが相当に上手だった。
巻き起こるおちゃめ騒動が、ロックじゃないので、そんな趣味ではないんだよねー。
作りこまれた旅館の舞台美術は圧巻。星みっつ。


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2007年07月03日

劇団スリークオーター「七味とうがらし」観劇

スリークオーター、その劇団名の由来は、3/4(スリークオーター)までは自分らの力で芝居を作ることができるが、残りの1/4はお客さんの力が加わって、初めて一つの芝居が出来あがるという理念に基づいたもの。

加えて今回のタイトル「七味とうがらし」は、7人の劇団員の個性が、ここに今ケミストリーという意味を持ったタイトル。

即ち、この芝居を良い芝居とするために、

役者一人一人には3/28(4×7)の明確な責任があり、

観客たる私には、キャパ50人ほどの小屋だったので1/200(4×50)の責任があったわけである。

私は自問する。果たして自分は1/200の責務を果たすことができていたか・・・

客席を一つ埋めることが、観客一人の唯一の責務という考えもある。

いいプレーには拍手、悪いプレーにはブーイング。サポーターが選手を育てるのだという考え方もある(コレ劇場でやったらスゴイな。案外アリかもしれん)。

そんなことを考えて、劇場を後にした・・・わけではなく、以上、ブログ書いてての思いつき。

   ***

コントライブ的なものも守備範囲の劇団らしく、劇作・演技の志向として、客席アピール度の強い演技に、殺陣、そしてダンス。ストーリーテーリングパートとギャグパートを分けて、一本の芝居を作る形式。何と、CMまであるところが新しい。

CMというのは、広告費を出してくれたお店のCMコーナーを作って、お店を宣伝するというもの。

これは新しい。初めて見た。いや、アラカルトで遊◎機械がやってたか。

しかし、もっと踏み込んで、たとえば、居酒屋XXを舞台にした芝居を作って、居酒屋XXから広告をとるというのは、演劇の新しいスタイルとなりうるかもしれない。

   ***

ストーリーは、「実はXXは兄だった」「父だった」「両親の敵だった」の重層構造。

6人の登場人物によって、実に濃ゆい人間関係が形成されるが、そこは、頭がついていかない観客にも安心設計。

「ぶっちゃけ、こういう話ですよ」という、解説コーナーもあった。

スリの犯罪者集団に育てられた、孤児たちが、隠された血の呪縛と、組織の陰謀に翻弄される悲劇でした。星ひとつ半。


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2007年06月29日

NODAMAP 「THEBEE」観劇

筒井康隆の短編に着想を得て、野田秀樹が戯曲に起こした作品だそうな。

平凡なサラリーマン(野田秀樹)が、帰宅してみると、家は犯罪者に立てこもられ、妻子は人質に取られていた。

そこでサラリーマンがとった行動は、犯罪者の家に赴き、こっちも犯罪者の妻子を人質に取り、自分の妻子の解放を犯罪者に迫るというものだった。

サラリーマンは犯罪者に、明日までに私の妻子を解放しなければ、おまえの妻子をXX(犯す・指を落とす等)する、と脅迫し、

翌日、解放しない犯罪者を受けて、サラリーマンは犯罪者の妻子をXXするのだが、

すると犯罪者も、サラリーマンの妻子を同じようにXXするのだった。

自分の犯すXXなる行為は、報復として、相当に高い確率で自分の妻子に降りかかることが予想されるわけで、

狂気のXXの応酬の中で、サラリーマンは思う。

俺がXXしている女(だか子供だか)は、犯罪者の妻子なのか、それとも俺の妻子なのか?

だいたいこんな話。

この話を、四人の役者がそれはもう、トリッキーに役を変えて、10人ぐらいの役を演じ、1本の芝居にする。

話として短編に求められる切れ味はあるのかもしれんが、芝居にしたら一時間半。料金にして6500円。芝居としては短編ではない。

これ一本に6500円はたけーよ。

知り合いの劇団が2000円でこれを見せてたら、おもしろがれる。

でも、これ、知り合いの劇団ではなかった。

ロンドン公演では、やたらと動く野田秀樹の作劇の手法が大絶賛だったらしいが、こっちはその手法をすでに見知ってるわけで、やっぱりその手法で、どんな話やるのかな、と劇場に足を運ぶ訳であって。

   ***

友人が、いっしょに行く相手にキャンセルが出たから、じゃあ俺行く、と見に行ったのだった。

席に座ってびっくり!

最前列。

舞台の高さは30センチぐらいしかなく、舞台との距離だって1mはない。

あの、野田秀樹がもう、こんな目と鼻の先に!

俺が突然、野田に殴りかかり、「ここは劇団鋼鉄村松が占拠した!」と下剋上することも可能。演劇史に、何分天下か知らんが、その名を刻むことが可能。

俺が100000回生まれ変わって、100000回同じ生を過ごしたとしたら、

1回ぐらいは、殴りかかって、伝説になっていることと思う。

残念、現生は、100000分の1の回じゃなかったみたい。

残念。

   ***

THE BEEですか。随所に技は豊富だった。でもカワイクない。笑いもない。その技に星、三つ


私の劇団、劇団鋼鉄村松のHP
http://www008.upp.so-net.ne.jp/koutetsu/

ラベル:NODAMAP THEBEE
posted by ボス村松 at 02:06| Comment(0) | TrackBack(1) | 観劇の感想文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする