JUDY.jpg 劇団の動画など、ありますよ?
ボス村松ドラマスペシャル「じ・だん」パラパラアニメ
遍歴の騎士ヤマオカ卿の酒気帯びでやんすダイジェスト
けつあごのゴメスダイジェスト
P型柔道一門PV
ミハエルとアイルトンとチュウカドンPV


2007年05月29日

「ドラムスKO」観劇

今回、私の芝居に出てくれる本多さんが出演ということで、上野小劇場へ。とても小さな小屋。
コントの連作である。
 
飲み食い自由というのが新しい。本番中、おかわり!と言うと、役者が席にビールなりコーラなりを持ってきてくれるのだ。前説があって、これは、役者さん同士の打ち合わせなしの喋り。一発芸大会もある。
 
作劇のモチベーションが「面白い作品を作りたい」というよりは、「面白い人でありたい」というところにあるのでは、と推察する。どっちも難しいのだけれど、後者の方がより、天性とあと、実戦の場数が必要だ。「面白い人である」ためには、企画を立ち上げて、小屋借りて、役者集めて、稽古して、本番、というサイクルでは間に合わない気がする。その間に合わないサイクルで作られたコント、という印象を持った。ちっちゃい小屋・素舞台で入場料2000円はお値段高め、星ひとつ半。
 
 
6月に公演を控える私の劇団、劇団鋼鉄村松のHP
http://www008.upp.so-net.ne.jp/koutetsu/
 
 
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2007年05月27日

ナンブケイサツ「ガレージ」観劇

以前から知る劇団である。
 
作劇の手法は、こちらが見た感じ、コント+コント+コント+コント+コント+まとめの章=1本の芝居というもの。
 
一つ一つのコント間の独立性は 高い。つまり関連性は薄い。
 
よって、まとめの章は、とりあえずオトしてみましたという力技が見られる場。
 
事の成否は1コ1コのコントが笑えるかどうかにかかっている・・いた。そう昨日までは。
 
   ***
 
今作、ガレージは1コ1コのコントの繋がりが強い。
 
男は大きなガレージの付いたマイホームを購入。妻と娘のマイファミリーに、マイガレージに託されたマイドリームを語る。
 
1コ1コのコントは、このファミリーと、あと訪問者である保険の外交員の四人によって語られる。舞台はガレージの一場。
 
従来作品では、1コ1コのコントは、そえぞれ別人、別シチュエーションによって語られることが多かった。
 
各コントが共通の登場人物によって語られるということは、コント制作時の大きな制約となり突飛なネタや破壊的なネタは作りづらくなる(とりあえず、次のシーンに出てくる人を殺すことはできない)。
 
一方で共通であると言うことは、芝居が進むにつれ、その人物の人とナリが知れてきて、見る側の脳の方に情が移るという作業が起こる。
 
共通の人物でコントを連作する。それぞれの別の人物でコントを連作する。どちらもそれはそれで一つの手法であるが、どちらがより演劇的であるかというと、前者であることは論を待たない。
 
「ガレージ」
 
ひどく、ちゃんとした芝居だった。いいかんじの家族愛が舞台を満たした。
 
作演でもある廣岡くんが演じた、主人公の父さんは出色の出来。
 
まだ30前の廣岡くんが、たいそう立派に、頑固で調子者でトボケタお父さんを演じきった。
 
頭頂部がヤバクなってきているのもそれを助けた。 
 
「このガレージには、父さんだけじゃなく、母さんや**子(娘・名前忘れた)の夢も詰まってるんだな。父さん思い至らなかったよ。うっかりだったな」みたいなセリフが、その形のまま、観客の私の心にフワリと着地する。
 
終演後、私の横を、「面白かったー。お父さん超いいよねー。最後ボロボロ泣いちゃった!」と二人組の女の人。
 
廣岡くん、グッジョブ。
 
私はさすがに泣きはしなかったし、ゲラゲラ笑うには何かあと一つ足りなかったわけであるが(何回かは声に出して笑った)、これは本当にあと一歩であって、笑ってもよかった。笑いたかった。何が足りなかったんだろうね、と同じ回を見た友人らに問うと、
 
「ツッコミじゃないすかね」
 
と彼らは言う。
 
私は、こういった昨今のお笑いツッコミ上位風潮はあまり好きではないのだ。
 
十分すぎるほど、立派な演技をした廣岡くんではあるが、もう最後の一歩、突き抜けておくれ。
 
オトボケ顔、淡々とセリフ押しのスタイルの中に、 
 
多分、間と息遣いの部分に進化の余地が残されていると思うのだが。
 
あと、単純にお客さんが今日の3倍ぐらいいたら、笑い声で会場は埋まった気もする。
 
アートボックスで、お客さんを3倍にしてもまだ座席がありそうな現状は演じるに適切な環境ではない。
 
つくばから東京に芝居持ってきてお客さん集めるのは大変だよねー。
 
まあ、東京にいて、集められているかというと、そうでもない私なのだが。
 
東京出ることは考えてないのかな。芝居<生活のライフスタイルなのかな。星よっつ。
  
 
 
私の劇団、劇団鋼鉄村松のHP
http://www008.upp.so-net.ne.jp/koutetsu/
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2007年05月26日

てにどう「ディア・パーヴロヴィチ」観劇

ぴあの人に言われて、勢いあるところの劇団を一通りみていこうと思い立ったのだった。 
 
てにどう、「ディア・パーヴロヴィチ」 
 
一場、七幕の芝居。
 
暗転するときに、照明の残光に浮かぶ苦渋の表情を浮かべた役者さんの表情が妙におかしい芝居でした。
 
   ***
 
チェーホフを演じる市民劇団。今回の演目は桜の園。
 
ひと癖もふた癖もある、へんてこな役者たちがいて、
 
それを必死にまとめようとする若い演出家。 
 
彼らが暮らす市は財政破綻状態にある。
 
「今、この街に悲劇の芝居はいらない。今市民に必要なのは、笑いである」
 
スポンサーでもある、商店街の世話役風のおじさんに言われて、若い演出家は桜の園を喜劇に仕立て上げようとする。
 
   ***
 
王道である。
 
意表をつかれる新しさはないし、多分、狙ってもいない。
 
私はチェーホフの桜の園に、ドリフの味付けがされていく様子をニヤニヤみて、数度声を出して笑った。
 
商店街の世話役風のおじさんが、小劇場スター級の安定感。
 
へんてこなキャラクターのへんてこキャラクター勝負となりがちな、この芝居形式が、ギリギリのところで
 
「面白い芝居を作りたいけど、面白い芝居を作るのって難しいよね」ストーリーに乗っかっていられたのは、この世話役風のおじさんのツッコミの誠実さによるところが大きいと思う。相手を全否定するではない、一部受け入れてのツッコミ。
 
煮詰まった若い演出家が喜劇とは「タライを落とすことなり」と確信して、脈絡なくタライを落とそうとするするところへ、世話役風のおじさんは「タライを落としたからと言って、笑えるわけはないんですよ!」と言う。
  世話役風のおじさんは、”歯切れよく声を張って”若い演出家にツッコミを入れるのだが、それが全否定ではない。
 演出家の苦悩に共感した上でのツッコミになっている。
 へんてこを笑いに変える機能だけではなく、演出家と共に苦悩を背負いストーリーを進める推進力になっている。
 
 字に書くと至極まっとうで当たり前をやっているようになるが、これがなかなか難しい。稽古を毎日重ねていると、刺激の強い方に演技はシフトしていきがちなもので、動くものがあれば噛みつく狂犬みたいなツッコミ担当になっている役者さんを見ることは少なくないし、逆に、ストーリーに馴染み過ぎて、ツッコミとしての機能が薄れ、華のない意見交換になっているものも見る。
 世話役風のおじさんを演じる吉田陽祐さんは手練れでした。
 
さて一方の、世話役風のおじさんにツッコまれる、へんてこな劇団員たちですが、
 
「その役なりの人生を背負った」たたずまいを放棄して、変てこであることにウェートが置かれているように私には思われました。何だか、ツッコミ待ちの順番に並んでいるような。
  と言って、この形式の芝居の多くに私はそういう印象を受けるので、気にならない人には気にならないのかもしれない。ロックバンドのライブを見に行っておいて、「俺、ギターの歪んだ音が得意じゃないんだよね」というのはフェアじゃない。 じゃあ、見に来るなよ、という話だ。
 
 脚本はへんてこテンコ盛りの中に知性が感じられるところが好き。演出では、芝居の導入部から前半にかけて、細かく役者が舞台を出入りするところで、いちいちバタンバタン扉の開け閉めの音がするのが気になったが、17人もの役者を舞台に上げて、破綻なくまとめあげる力はたいしたものだ。人がいっぱい出てくるシーンは、バイトが抜けられなかったり、今日風邪ひいて休みますがあったりして、なかなか全員揃わないんだよなあ。
 
 お値段2200円と、まだ安め。幕が下りて礼を終えたあた、軽くテーマソング的な歌を全員でサクっと歌ってバイバイというのが、サワヤカでよかった。星よっつ。
 
 
 
で、私の劇団も6月に公演を控えている訳で、「P型柔道一門」
詳細はこちら
htttp://www008.upp.so-net.ne.jp/koutetsu/
 
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2007年05月24日

「大人計画社長」講演を拝聴

拝聴してきました。
これはタメになると思ったのが、
「学生時代、夏休みを丸々使ってセゾン劇場の制作をボランティアでやったコネが、後々、現時点まで利いている」
という言葉。やっぱもぐりこむ。ですか。コネ、ですね?


もう、学生じゃないしなー、夏休みなんてないしなー、という言い訳は俺には利かない。

何故と言うに、私は今現在、6月公演の準備のため、40連休という夏休みに匹敵する休みをとっているからである。現場仕事は、その辺、自由が利くところがいいね。
 
私が今、すべきは6月公演の演出などではなく、明日を見据えるならば、セゾン劇場の制作のボランティアだったのかもしれない。

   ***

講演は桜美林大学でやるということで、桜美林ってどこ?JR淵野辺駅?どこそこ?検索。私が居城を構えるところの大塚から、75分ということだった。遠いね!

しかし、大人計画はいかようにして、大人計画へとなったのか知りたいので、最近の正装である、P型柔道着で上下をそろえて、いざ桜美林へ。


「柔道着来てる人がいらっしゃいますが」などといじってもらうこと期待。
「はあ、芝居の練習から抜けてきたんで」
「柔道のお芝居をするんですか?」
「はあ」
とか。

   ***

大人計画社長の長坂まき子さんは少々顎がしゃくれた気さくな印象の方でした。

 

松尾スズキ氏との出会いとか大人計画フェスティバルの話とかを一時間強聞く。
聞きたいのは、そんことじゃない!司会進行の学生さん!(かわいい)、客集めの秘技を聞いてくれよ!と苛立つ私。

 
そう言う話にはならず、最後質問コーナー。
 
思い切って手を挙げてみる。


なかなか当ててもらえない。

 
みんなの質問はのどか。
「えー演劇学科の2年なんですけどー、まずい弁当発注して怒られたってどんなお弁当だったんですか? だってお弁当なんて元々そんな美味しいものじゃないじゃないですかー。私は好き嫌いもない方だし・・・」
そんな話どうでもいいんだ!
あと、「大人計画の芝居で、長坂さんが一番好きなのは?」とか。
   *** 
 

それでも切羽詰った質問も一個、あって、
「私は小さな劇団で、制作をやっているんですが、演出から制作へ決定の権限がどうやって移っていったんですか?」というもの。

決定の権限が欲しいと見える。
それへの社長の答えは

「え? 松尾さんがめんどくさいことを、私がやってる感じなんで、権限が移っているという感じはないですね」とのこと。
  
   ***

 

質問が一つ終わるたびに手をあげて、最後、ようやく発言権を得る。
緊張して、マイクを持つ。

残念。私のP型柔道着へのツッコミはなし。触れてくれず。
めげずに私は言う。
 
「自分、劇団やっていまして、あと、公演まで一月なんですけど、一月でできるお客さん集めの秘儀とかありませんか?」
大人計画社長は言った。
 
「手売り頑張れ」 
やっぱそーかー。
私は食い下がる。

「大人計画がこうやって大きくなれたのは、やっぱり松尾さんの作る芝居の面白さ、というのが実感ですか?
大人計画社長は答えた。

「そうです」
面白いのを作るといいらしい。
 

私の劇団、劇団鋼鉄村松のHP
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2007年05月23日

「クロムモリブデン」観劇

クロムモリブデンはとても硬い金属にして、気鋭の劇団の名前なのである。
 
私は劇団鋼鉄村松主宰として、自分よりも硬い劇団の存在は許せぬ、という気持ちで、
 
劇団クロムモリブデンの芝居「マトリョーシカ地獄」を見たのだが、これがなかなか良かったのであった。
 
セリフにはナチュラルさよりも、気の利いた感じを。
 
頭に戦車のプラモを乗っけて巨大モンスターと闘う。
 
というところなど、作風がウチと被っているところもある。
 
以下、コリッチという演劇サイトにこの芝居について書いたコメント。よく書けていると、これまた気鋭の劇団ブラジルの主宰、ブラジリィー・アン・山田さんに言われたものだから(マイミク)、ここに転載。
 
   ***
 

役者さんたちはみなさんは上手で、
決して会話できていない訳ではないのですが、
人物と人物との会話というよりも、
気の利いたテクストを読んでる感じで、
前半戦は、頭の方で、ほほう大した文章だわい、と感心し、
心の方では、でも笑えるようなハジケはないなあ、と退屈していました。

ただ、中盤の後半辺りに、ヒロインちゃんが言ったセリフ、
「私は殺していなかったかもしれない」
と言った時の、表情が!
ホッとしたと言うか、それよりもテンション高めの、少し泣き出しそうな、「助かった」というよりは「救済」という言葉を使いたい、ここ見せ場ですよお客さん!の表情にグッときてから、俄然、話に入っていけた。 

私も劇団をやっていて、奇しくも劇団名が、クロムモリブデンと同じ金属系で、しかもクロムモリブデンの方が固いよ金属として!ということもあって、どんな劇団かも知らないまま悔しい思いをしていたのですが、今回初めて見てみて、芝居内容の方でも、嫉妬心を煽られました。

お話とは別に、芝居の見せ方にオリジナル感があるのはいいですね。
脳味噌が楽しい。
巨大ジオラマモンスターシーンは、演技とも歌ともダンスともつかない素敵シーンでしたが、
ベースはB級のテイストですから「結局力押しかよ!」という、ツッコミどころがあって、そこが可愛らしさく、ツボでした。

皮肉は知性の産物である。皮肉がない表現は、おおむね時間つぶしである。クロムモリブデンの芝居は皮肉が利いていた。私にはちょいと利きすぎていた。でもほの見える情の部分に、チラリズムの分だけ、胸がざわついた。そんな芝居でした。

裸なんてただの肌色だよ。
チラリズム万歳。

 
   ***
 
蛇足ながら、この「裸なんてただの肌色だ」という言説は、昨年の大賞をとった「上下そろったおまえに会いたい」に対する私の返歌でもあることを付け加えておきます。
 
注)上下そろったおまえに会いたい・・・・田村(夫)が田村(嫁)に対して言った、ブラとパンティーについての考察。田村(嫁)は、どうせ脱ぐんだから柄が揃っていようが、別々であろうが同じじゃんと言った。もう、全然わかってないよ。
 
 
公演間近、私の劇団、劇団鋼鉄村松のHP
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2007年05月21日

FLAT「分心」観劇

2年前?3年前?
 
八割世界、という早稲田出自の劇団に出演して、そのつてで、セイレンというミュージカル劇団(これも早稲田)に出演したことがあった。
 
このときの出会いはなかなか重要で、今も芝居を見に行ったり見にきてくれたり、何より、私の芝居に出てくれたりしている。以前、最後の敵を、早稲田閥とした、俳句芝居「俳句強盗575」を作った私とは思えない体たらくではある。
 
というわけで、早稲田ドラマ館に芝居を見に行った。Flatという劇団の分心という芝居である。
 
私の今作に出てくれる、のどかさんが音響を担当し、ミュージカルで一緒した小林くんが主演している。
 
ちなみに二人は付き合っていると聞いている。
 
   ***
 
質量保存の法則と同じく、魂も絶対量は一定不変であって、それは増えもしなければ減りもしない。
 
20世紀に入り、人口が爆発的に増えた結果、人一人に与えられる魂の量は、減り、
 
かつて一人に与えられていた魂の量が、二人、三人で分けられる。
 
ということで、分心と。それがテーマの芝居です。分心が事実ではなく仮説として語られているのがミソ。
 
この仮説は本当なのか?
 
俺の魂は足りていないのか?
 
いやそんなことはないはずだ。
 
というところで、この芝居を転がしていくハラだ。
 
主な舞台は大学近辺のアパートの一室。溜まり場になっている。大学に近いとそうなるね。
 
現役大学生が演じる大学生が、「この大学生め」と自己批判を繰り返しながら、分心という仮説に、スカしたり、熱くなったり、スカしたり、スカしたりのリズムで、向かい合ったり合わなかったり。
 
劇中劇を使って、テーマを抽象化する(私もよくやります)。
 
ジーパン穿きの死神がでてきて、殺せ殺せと言います。
 
人が減れば、一人頭の魂の分量が増えるからね。
 
恋バナもからんできて、友達の恋人と寝たのが、最大の地雷踏んだ、だったりするのが妙に生生しい。 
 
作家自身が自覚している通り、学生のモラトリアムが前提とされているの作品なので、見る人によって好き嫌いがあるだろうが、大学生が大学生の芝居を作っているのだからそれが良しとも言える。大学生が哀愁のサラリーマンものを書いても、おまえに何がわかると思う人もいるだろう。
 
死神役が、作演の方で、「俺の芝居は俺がやる」の気概が素晴らしい。
 
役者全員の見てくれがよい。
 
ミニのデニムのスカートに膝上のソックスを合せている、ふくよかタイプの女の子や、
 
生地を重ねているのか知らんが、膝上15センチぐらいまでクリーム色の生地でその下10センチぐらいはスケスケ生地のタイトスカート穿いてた、女の子とか。
 
小林くんもなかなかの男前で、見るたびに、少しずつ上手になっているのがうれしい。
 
「一幕会話劇ではない」「人とは違うことやりたい欲求が見られる」
 
これは加点ポイントですよ。星みっつ
 
 
私の劇団、劇団鋼鉄村松のHP
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2007年04月23日

ギャングエイジシアター、観劇

演目のタイトルは、「グッドバイ」
 
男の自殺失敗のオープニング。
 
しかし、タイトルがグッドバイなだけに、最後に男は自殺を成功させてしまうに違いない。
 
以前、「落石注意」というタイトルで、ここの主宰兼作家は、バスの乗客である登場人物を皆殺しにして、幕としている。
 
果たして、男は「さよなら」と言って、自殺に成功したのだった。
 
自殺と自殺の間を、どんな悲劇でつづったかと言うと、このギャングエイジシアターは、
 
そこを、ただひたすらにギャグ、ギャグ、ギャグ、でつなげるのである。
 
ストーリーとかはあんまない。 
 
今回はミュージカルパロディ、スケッチブックネタ、時事ネタ、役者のマジきつかった話ネタなど、盛りだくさん。
 
前の前に観た芝居なのだが、インチキ報道番組ネタがあって、サッカーの試合結果を3−0と映像で伝えたところ、何気に得点者のところが、3つともOWNGOALになっているのに大笑いした。
 
しかし、ギャグをワーッとやって、おめでとうございます。じゃダメなのか?
 
それが気になる。 
 
ダメなのだろうな。 
 
殺さなければならぬ。 
 
なぜ殺さなければならないのか。
 
深い闇を見ているのだろうか。
 
おもしろい。 
 
エースで4番でFWで10番の沖田裕樹が看板役者。あと、1番(何番やねん)。
 
芝居本編前、「客席ちょっと温めてくる」的使命感?もしくは指令?により、
毎回、前セツ的即興一人芝居をやる、というのが1番的。男だ。
微妙に悲しげな変な表情が得意。
 
でも、今回はあんま笑わなかったんよ。星、ふたつ。
 
客席はなかなか沸いていたんだけど。
 
 
 
今回その、沖田くんが出てくれる私の劇団の私の芝居。
HPはこちら。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/koutetsu/ 
 
 
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サムライナンバー9、観劇

江戸川乱歩と妻と編集者、そして明智小五郎ら小説内の登場人物が、
 
妄想やら何やらで、入り組んで、どんでん返しを10回ぐらい繰り返すストーリーパートと、
 
団体コンビプレーで見せるお笑いパートの、
 
二つで見せようとする芝居であった。
 
劇団の特色なのである。 
 
ストーリーと笑いを、混じり合わせることなく、割り切って二つやる。
 
リスクは大きいぞ。この欲張りさんめ。
 
上手な役者さんが多く、リスクに丸飲みされることはなかったが、
 
しかし、 リスクを飲み込んだとも言い切れず、の印象。 
 
が、、パネルが全部倒れて、怪人二十面相が桜の木の下に立って見栄を切る舞台装置も凄ければ、舞台全面を花びらの舞うCGでピンクく染めた映像も凄かった。映像に人の影が映んないんだよ。どうやってんだよ。
 
こんなこと出来るんだー、とびっくり。
 
演劇の可能性を学ばせていただきました。
 
ただ、お値段高めの3000円なので、星みっつ
 
 
私の劇団も公演を控えております
私の劇団、劇団鋼鉄村松のHP
http://www008.upp.so-net.ne.jp/koutetsu/
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2007年04月18日

ノーカット一人芝居「風の谷のナウシカ」

本当にノーカットで一人でやってやがる。
バカだ。
あと、普通に演技うまい。
youtubeに10分ずつ、14本アップされているのだが、
回を追うごとに、だんだんアカウント数が減っていくのも泣ける。
でも、やはり、お勧めは後半の、オームの群れが村に突撃していくところを止めにかかるナウシカの奮闘ぶりであろう。
あとかわいい。
すごい。元気でた。
俺もがんばる。
 

梅本真里恵シークレット一人芝居「風の谷のナウシカ」
http://www.youtube.com/view_play_list?p=487CDF2B3BCF0D55

 
 
ちなみに私の劇団はこんなのやってますと、尻馬にのる。
「遍歴の騎士ヤマオカ卿の酒気帯びでやんす」ダイジェスト映像
http://www.youtube.com/watch?v=E5tb1N46LLg
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2007年04月15日

643のゲッツー、観劇

643のゲッツー、は劇団名で、ショート→セカンド→ファーストと渡って成立するダブルプレー(和製野球用語)のことを意味する。
 
打者サイドに立てば、ろくでもない期待薄の劇団名だが、
 
投手サイドに立てば、一度に2アウトの最高のプレーである。
 
見方次第なのだ。
 
   *** 
 
643のゲッツーの「フラット」という舞台を見てきた。
 
一幕物。いろんな人が出てきて、変な事して、ウケを狙う。どんな話かというと、お話は、まあ、本筋と関係ない(日本語としておかしい)。ネタ一発一発偏重。声は小さめ日常会話レベル。
 
ネタの系は、キモイことやって、「おまえキモイよ」。
 
こればっかやると、舞台上の空気はギスギスしたものになって、
 
この点はあんまり好みではないのだが、
 
ネタの一個一個には刺激を受ける。
 
私のネタはどうしたって言葉ありき、になってしまいがちなのだが(話の筋を進めなくちゃならん)
 
643のネタは言葉からの自由度が高い。
 
自転車の鍵がない、ない言って、カバンをひっくり返して、着けてたヘッドフォン外して、上着裏返して、シャツも脱いで、半裸になって、ヘッドフォン着け直して「何してんのよ」と言われて「いや、ちょっと休憩」というのが、よかった。
 
難しい。言葉にするとそんな面白くない。
 
お話ありきの芝居は”言葉にするとあんま面白くない、面白いこと”を拾い上げるのが苦手だ。
 
だから、643の芝居は興味深いところがある。
 
あと、ここの主宰である、東くんの人とナリは、僕の知る人間のうちで相当に好ましい。
 
少しずつ、芝居が東くんの愉快なところに追いついていっている印象がある。 
 
しかし、東くんと私が二人で会話すると、会話が弾まない。
 
ボケとツッコミが噛み合わないのだな。
 
一人、間を入れると楽しい。 
 
残念である。
 
   ***
 
声が小さめの芝居に対して俺は、すぐ芝居の外側に出ちゃって「あー何か芝居してるなー」と醒めた目で見てしまいがちなのだが、この芝居に関してはそれがなかった。そこ、高ポイントでして、星、三つ半。
 
 
私の劇団、劇団鋼鉄村松のHP
http://www008.upp.so-net.ne.jp/koutetsu/
 
 
 
 
 
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2007年04月13日

「わきみちチューズデー」観劇

シアタートラムで、開店花火という劇団の、「わきみちチューズデイ」という芝居を見てきた。
 
初シアタートラムであった。
 
キレイな小屋やなあ。こんなところで芝居打ってみたいなあ。
 
1000人ぐらい集める劇団にならんとなあ。
 
無理やなあ。
 
そうそう、観劇ついでに聞いてみたら、このシアタートラムと、世田谷パブリックシアターは置きチラシ置いてくれるみたいだぜ。
 
えらいよ!
 
   ***
 
で、どんなお芝居だったかというと、 
 
行き詰った漫才師があって、いい男のネタ考えるのと、ドモリの天然のコンビ。
 
行き詰ってるのは主に、いい男のネタ考える方。
 
男のおもしろネタのネタ元は、12才の時まで一緒に暮らした実の父親のダメエピソード。
 
行き詰ったのは思い出が尽きたから。
 
父親は彼が12歳の時に失踪。
 
父親に会いたい。いや、自分を捨てた父親になど会いたくない。
 
ドモリの天然くんは、そんな相方を案じ、自分の父親をあんたにあげると、相方を実家に連れて行ったのだった。(そこは、ほら、天然だから)
 
   *** 
 
舞台下手に、天然くん父の経営する何かの工場。変な従業員がいっぱい。
 
その奥に飲食店。オッちゃんと息子が住む。ここに住むオッちゃんが、実は、その失踪した父親だったりするのは、芝居のノッケから明らかにされる。カタルシス用の”実は”、は別に用意されている。
 
舞台上手にはアパート。変な住民がいっぱい。
 
変な登場人物たちの抱える、しかし、普遍的な悩みが、役者さんの体を張ったドタバタ演技で絡み合い、
 
最後には切なくさせちゃうぞ、という作り。
 
   ***
 
こういうガツンと主役を中央に据えない、キャラクターを見せる芝居は、
 
1コ1コのキャラクターが馴染んでくるまで、
 
役者さん頑張ってるなー、と醒めた目で見てしまうの俺なのだった。
 
なんか上手いやり方ないものかね。 
 
俺以外のお客さんも、1時間を超えた辺りから馴染んできたようで、ドッとくる笑いが頻繁になった。
 
   ***
 
お話自体に、鋭さや目新しさはゼロで、それはもう、最初から求めていないのは明らか。
 
狙って失敗している小劇場の芝居が多い中(自戒を含む)、
 
逆に裏を取られた感じはある。
 
   ***
 
作り込んだ具象の舞台装置で一幕モノをやると(この芝居は一幕ではなく暗転が何回かあったが)、
 
全ての出来事を、そこで、起こさなければならない。
 
たとえば、この「わきみちチューズデー」は道端を舞台装置として作り込んだのだが、
 
すると、金の話も、男と女の愁嘆場も、みんな道端を舞台にしてやらなければならない。
 
そこを上手いこと見せるのがテクニックと言えば、テクニックなのだが、
 
俺には汲々としているように見えるときがある。
 
じゃあ逆に舞台を抽象めいたものにして、場面をポンポン変えると素晴らしいのが出来るのかというと、
 
そんなの、カット割、アップ、ロング自由自在の映像には敵わない。
 
   ***
 
何のかんのと、いろいろ刺激になりました。
 
とにかく役者さんの声が出てた。声が出てるのは芝居の基本っすね。やっぱ。
 
星、みっつ。
 
 
私の劇団、劇団鋼鉄村松のHP
http://www008.upp.so-net.ne.jp/koutetsu/
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2007年03月19日

ミュージカル「ユーリンタウン」観劇

早稲田大学のミュージカルサークルである「劇団セイレン」内の企画団体である、「かものはし」のミュージカルを見てきた。
 
演目は「ユーリンタウン」。2002年のトニー賞受賞作で、邦訳すると、「おしっこの町」
 
大干ばつがあって、おしっこするのが全て有料になった世界のブラックコメディ。
 
おしっこの自由を叫ぶヒーローヒロイン率いる革命チームと、
 
おしっこを札束で支配する体制派チームが争い、
 
革命チームが勝利するのだが、水がないのに、自由におしっこしちゃ、町中が臭くなって革命失敗というオチ。
 
   ***
 
劇団セイレンの中でも、年長者チームの企画だけあって、拍手もので歌とダンスが上手い。
 
あと、ルックスの平均値が小劇場よりもミュージカルの方が相当に上。 
 
ただ、当方ダンスも歌もルックスもさほどのツボではないので、そこでする拍手はやや形式的。「人」もしくは「お話」に引きつけられなければ、すぐに退屈してしまう。
 
いや、彼ら、演技だって決して下手ではない。むしろ技術的には上手なぐらいだが、
 
ミュージカルって、まず、歌とダンスだから、地の演技を詰めるまで、手が回っていない印象。
 
ホント、ミュージカル、やることが多くて大変だと思う。
 
   ***
 
おそらく、ヒーローとヒロインを、もっと割り切って、単に出番の多い正義バカ、自由バカの道化として演出すれば、スッキリしたのかもしれぬ。
 
オーソドックスに客の感情移入の流入先として、ヒーローヒロインを設定したばっかりに、人物造形の浅さが目についた。
 
   ***
 
ただ、じゃあ、歌とダンスに時間を割かれない小劇場芝居は深いものをみせてくれるのかというと、別にそうでもないので、歌とダンスは純粋に加点ポイントとして、このミュージカル、星三つ半。
 
 
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2007年03月14日

ルームルーデンス

 先日、ルームルーデンスという、劇団のワークショップに行ってきたわけであるが、
 
 ルームルーデンスは、ギリシャ悲劇とかカミュとか、高めのホンを翻案して、気合いを入れれば、シアタートラムで公演を打てる劇団なのである。つえー。
 
 次は、世田谷パブリックシアターを狙っているそうだ。
 
 さて、私が参加したワークショップというのは、ズバリ、ホンの朗読である。次の公演に、と考えているカミュのホンを沢山の人に読んでもらいインスピレーションをもらうのだそうだ。
 
 私はその本読みで、セリフの多い役を読ませてもらい、自分では、なかなか上手に読めたなという箇所もあったこともあって、演出の田辺さんに「どこかの養成所に入ってらしたんですか?」と問われた時には、やや胸をそびやかして「いいえ」と答えたものだった。
 
 しかし、冷静に考えてみると、私のセリフ回しは果たして、養成所に入ってたみたいに上手だったのか、養成所くさくて下手だったのか?
 
 どちらにもとれそうだ。養成所に入ってたみたいに上手と言われて、果たして嬉しいのかという話もある。ROCKな才能に、養成所の匂いはしなかろう。
 
 
 
 朗読に使ったカミュのホンは「誤解」。
 
 「カリギュラ」と二本立てになって新潮文庫で出ている奴だ。大学時代に読んだとき、つまらんな、という感想を持ったことだけ覚えていて、話の筋は殆ど忘れていた。が、読んでいくうちに思い出した。

 
「ふむ、とすると困ったことになったぞ。全く 自分の気持ちが分らなくなってしまった。しかし僕には彼女たちを幸せにする義務がある。今日はここで一眠りして、明日、マリアと一緒に出直そう」(みたいな感じ)
 
 
 翻訳口調が新鮮であった。
 そして思っていることは殆ど全部口に出して言っちゃう登場人物たち。
 セリフひとつひとつも長め。
 短いセリフの掛け合いで、言わないことを、場の空気で伝えることが最上とされる昨今のフヌけた演劇とは一線を画す。
 
 こういうのも面白いな。うむ。悪い台本じゃないじゃん。(何様だ)
 
 
 悪くないどころか、こいつはいい台本だとおもったのが、合わせて読んだチェーホフの笑劇(喜劇ではなく笑劇と書いてあった)の、「熊」。
 
 チェーホフの一幕物で初めて当たった作なのだそうな。
 
 カミュの本はひとセリフあたり、当社比2倍の文字数だったのがチェーホフになると、一気に10〜20倍とすごいことに。
 
 平気で2、3ページ喋りやがる。さすが権威。大家。
 
 また翻訳家のファインプレーがあって、未亡人が男を罵る場面なのだが、
 
 
未亡人「この人でなし、熊、ずく入道!」
男   「な、何と申されました?」
 
 
 いや、俺がなんと申されましたかだよ。
 
 何だよ。ずく入道って。
 
 この後、自分の劇団にこの「熊」を持ち帰って、いや、案外面白いんだよチェーホフ、とみんなで読み合わせをしてみると、やはり、みんな、ずく入道を大喜びで強調して読む。
 
 翻訳家の造語だったら、素敵だなあと、半ば”検索した言葉に該当する言葉はありません”を期待して、ググってみると、どうやら、ずく入道は民話的なものとしてあるようだ。
 
 しかし、まだどんなものか判然とはしていない。入道なだけに、タコ坊主、と同義のものとして、私は解釈しているのだが。
 
 
6月の公演「P型柔道一門」のPVを作っちゃいました。見てやってください。
http://www.youtube.com/watch?v=FWHxxyZhRPw
posted by ボス村松 at 18:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇の感想文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする